03-02 雪うさぎのねぐら亭

 特区に降り立ったユリアは、いつもであれば遊園地に来たばかりの子供のようにご機嫌になる。

 しかし今回にかぎっては苦笑いをしていた。


「ユリアチャンネルだ。今日は高い山の麓にある村に来ている」


 ユリアチャンネルはいつも静かなところで始まる。

 今回は村の大通りからスタートしたのだが、まだ早朝だというのに城下町かと思えるほどに人であふれていた。

 しかも通りすがるほとんどが、絶世の美女を発見したかのような表情でユリアを見ている。

 ユリアは人混みがあまり好きではなかったのだが、それでも来てしまった以上はしょうがないと配信を続ける。

 自撮り棒を煽るように動かし、人混みの向こうにある山を映した。


「高い山が見えるだろう? 標高が3770メートルもあるそうだ。高い山の上には雪が積もっているものだが……頂上には炎が燃え盛っているな」


 山の頂上には炎の柱が噴き上げて天を焦がしている。

 噴火にも見えるのだが地震などの揺れはなく、行き交う人々もこれを見に来たとばかりに見上げていた。


 その炎のせいか村は気温が高い。

 村全体にも、ごうごうと燃える音がつねに鳴り渡っていて、目にも耳にもとても暑苦しかった。

 まわりの観光客はみな軽装。ユリアは高山イコール雪景色だと思っていたので、今回は純白のドレスでコーディネート。

 瞳も髪もプラチナスノウでキメていたのだが、格好だけはもっとラフにしてくれば良かったと少し後悔する。


「おら、邪魔だ姉ちゃん、どきな!」


 道端のユリアを押しのけるようにして男たちが通り過ぎていく。

 男たちは登山家と冒険者を合わせたような重装備で、進軍するように道を占拠して歩いていた。

 まさに軍隊のような大所帯であったが全員が同じグループではないようで、赤青黄緑と服装が四色にカッチリと分かれている。

 彼らは服の色と同じ旗を立てている、大きな山小屋へと吸い込まれていった。


 そこでユリアは気づいた。大通りにある建物も、旗によってカッチリと四色に分かれていることを。

 その様はまるで領土を主張しあってるようで、建物はどれも競いあうような大きさだったが、風が吹くだけで軋むような頼りない作りをしている。

 薄っぺらい建物から出入りする観光客たちも、それぞれの出身を誇らしげに主張するかのように小さな旗を身に付けていた。


 パッと見ではわからなかったが、よく見るとすべてが四つに区切られている奇妙な村。

 白一色なのはユリアだけで、普通の人間だったら場違いさを感じ、引き返したくなるほどの光景であった。

 しかし彼女は村八分の雰囲気には慣れているので、近くにあった青い旗の山小屋に入っていく。

 1階は食堂となっていて、青い服の登山家と、青い旗の観光客たちで賑わっていた。

 彼らの間をぬって、奥にあるカウンターを訪ねる。


「ご主人。ちょっと登山用のお弁当を作ってもらいたいのだが」


「登山用の弁当か、お安い御用だぜ!」


 山小屋の店主は威勢よく返事をしてくれたが、振り返ってユリアの姿を見るなりポッと頬を染める。


「あ……あんた、いい女だなぁ……。ひょっとして、ホワイトキャップに登るつもりかい?」


「あの山はホワイトキャップというのか」


 店主はすっかりユリアに見とれており、頭のてっぺんから足先まで舐めるように眺め回していた。

 しかし突然、敵を発見したようにハッとなる。


「い……色が無ぇ!? あ……あんたよそもんだな!?」


「なにを言っている? わたしはただの観光客だが……」


「やっぱりよそもんか! よそもんに作ってやる弁当なんかねぇ! さぁ、出てってくれ!」


 二言三言の言葉を交わしただけなのに店主の態度は急変、ユリアは野良犬のようにシッシッと追い出されてしまう。

 ユリアはなぜ追い出されたのかさっぱりわからなかった。でもまあいいかと気を取り直し、他の色の旗の山小屋を訪ねてみる。

 しかし他の山小屋でも同様で、ユリアが何者……いや、何色でもないとわかると塩対応をしてきた。


 四色の山小屋すべてに追い出される頃には、ユリアにもだいたいの事情が見えてくる。


「この村は、四色のいずれかに属していないと村八分にされてしまうということなのか? しかし、困ったな。今日はお弁当を持って山登りをするつもりだったのに……」


 ユリアが道端で途方に暮れていると、渋い声に呼び止められた。


「そこのお嬢さん、弁当が欲しいのかい? ならうちで買っていくってのはどうかな?」


 見やるとそこには『雪うさぎのねぐら亭』という、白地にウサギのマークが入った看板を掲げた露天があった。

 店構えは古くて小さかったが、他の急ごしらえで作ったような山小屋に比べるとよほどしっかりしている。

 店の中にはいかつい顔つきに人の良さそうな笑顔たたえた、古き良き山男を連想させるヒゲオヤジがひとり。

 手招きされるままに近づいてみると、そこはサンドイッチを売る屋台のようだった。


「俺はこの店の看板野郎のジオンだ。サンドイッチなら片手で食べられるから、登山観戦にはもってこいだよ」


「登山観戦?」


「えっ、お嬢さん、ホワイトキャップの登山観戦に来たんじゃないの?」


「ここへは登山に来た」


「ほほぉ、そんなヒラヒラのドレスを着て山登りするヤツは初めてだよ。でも、山は自由だ。うちのサンドイッチは山頂で振る舞ってたものだから、登山の弁当にももってこいだよ」


 屋台にずらりと並んでいるのは、あふれんばかりに具だくさんのサンドイッチ。

 目移りするかのように眺め回していたユリアは、ジオンの仕事を認めるように「うむ」と頷いた。


「たしかにここのサンドイッチはおいしそうだ。ジオンさん、サンドイッチでお弁当を作ってはくれないだろうか?」


「えっ? ここにあるのを買うんじゃダメなのか?」


「うむ。どうしても食べたい具材のサンドイッチがあるのだ。具材はこちらで用意するから、サンドイッチを作ってほしい」


「う~ん、なんだかよくわからないが……。まあ、どうせヒマだからいいよ。で、その具材ってのはなんだい?」


 ユリアが腰のポーチから取り出したのは、四連の缶詰。

 雪の女王のようないでたちの彼女が持つと、缶詰のパックすらオスカー像に見えてしまう。

 ジオンは見とれてしまったが、すぐに缶詰の側面にあるイラストに反応する。


「ん……? これは、スキップキックジャック?」


「そうだ。スキップキックジャックをオリーブオイルで煮て缶に詰めたものだ。わたしの世界ではツナという」


「ツナ? なんにしても魚なんてサンドイッチにしてもうまくないよ?」


「そんなことはない。試しに少し味見してみてほしい」


 ユリアは缶詰をひとつ取り出すとプルトップを引く。

 パキッと蓋を剥がし、中身をジオンに向けた。

 ジオンはオイルに浸かったフレーク状のツナを仕方なしにつまんだ。


「うぅ~ん、見た目は鶏肉っぽいけど魚だよね? サンドイッチのメインの具はやっぱり肉じゃないと。そりゃ、少しはうまいかもしれないけど、たいしたこと……」


 パクッと口に入れた瞬間、初めてウエットフードを口にした猫のように瞳孔が見開かれた。


「うっ、うまぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!? なんだこれは!? 鶏肉と同じ……いや、鶏肉よりずっとうまい!?」


「サンドイッチにも合いそうだろう?」


「あ、ああ! これなら新しいサンドイッチができそうだ! さっそく……!」


「いや、ちょっと待ってほしい。パンに塗るソースにも注文があるのだ。レシピを教えるから、ソースから作ってほしい」


「なに? うちに代々伝わるトマトソースは絶品だよ? なにも別のソースなんかにしなくっても……」


「いいや、ツナサンドにはトマトソースではダメなのだ。無礼なる願いだというのは百も承知だ、どうか頼む」


 ソースまで指定されてジオンは不服に感じたが、ユリアのような傾国級の美女にグイグイ迫られて、とうとうソースまで作ることになってしまった。


「卵黄と塩と酢をよく混ぜて、あとは油を少しずつ加えていくんだ。クリーム状になったらできあがりだ」


「う~ん、肉どころか果物ひとつ入れないソースなんて聞いたことないな。そりゃ、少しはうまいかもしれないが、たいしたこと……うっ、うんまぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!? な、なんなんだこれは!? こんな後引くソース、初めて食った!」


「わたしの世界でマヨネーズというものだ。特区でも、王都のほうではすでに広まっているようだがな。どうだ、これならツナに合うだろう?」


「あ、ああっ! これなら新しいうえに、最高においしいサンドイッチが作れる! 待っててくれ、いますぐ作るから!」


「あ……すまない、もうひとつ頼みがあるのだが……」


「ああ、もうなんでも言ってくれ! なんだかすごく楽しいんだ! まるでガキの頃、オヤジに初めてトマトソースの作り方を教わったときみたいに……!」


 ツナとマヨネーズという新しい味を教わって、ジオンはすっかり上機嫌になっていた。


「よぉーし、決めた! 今日はもう、お嬢さん専属の料理人になるぞーっ!」

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