01-07 ユリア様様

01-07 ユリア様様


「なにか、あったのかな……?」


 なにがあったとしても呼び止められるのは嫌だったので、こっそりと裏手に回った。

 ビルの路地裏にある非常口から出社する。

 裏口は、たまにお昼を食べる場所として使っているので慣れたものだった。


「おはよう……ござ……ます……遅れて……すみ……ませ……」


 ぜんぜん遅れていないような気もするんだけど、いちおう謝りながらパーティションをくぐるわたし。

 しかし部署には誰もいなかった。


 わたしのいる総務部は多くの退職があったので、いまは部長を含めて3人しかいない。

 でもこの時間なら、みんないてもおかしくないのに……と思って見回してみると、オフィスの真ん中にあるテレビに全社員が集まっているようだった。


 何だろう? ちょっと気になったので、まわりに気づかれないようにしつつ近寄ってみる。

 人垣で見えなかったので、猫背のままぴょんぴょん飛び跳ねてみると、テレビは記者会見っぽい様子を映していた。

 しかしわたしはド近眼なので、ぼんやりしてて誰が映っているのかまではわからない。


 あ、そういえばわたしのスマホってテレビも観られたんだった。

 テレビのリモコンはボタンが多くてよくわからないんだけど、スマホだったらアプリを起動するだけでいいからたまに観てるんだよね。


 わたしは人混みから離れ、自分の席へと戻る。

 見た人から必ず「ごついね」と言われるスマホをハンドバッグから取りだした。

 このスマホは父からプレゼントされたもので、他の人が使っているものよりひとまわり以上大きい。

 鎧みたいなので覆われていて見るからに頑丈そうで、センサーみたいなのがいっぱい付いている。

 男の子が喜びそうなデザインなんだけど、特区ではレイピアの先に付けて戦っても壊れないので気に入っていた。


 テレビのアプリを立ち上げると、さきほど観たのと同じ記者会見の様子が映し出される。

 わたしが部署以外の人で唯一知っている、社長さんがインタビューに答えていた。


『皆様すでにご存じのとおり、我が社の特区用ナイフの需要が大変高まっております。日本だけでなく、世界じゅうから注文を頂いております。現在、社をあげて増産体制を整えているところですので、今しばらくお待ちください』


 社長さんは白髪にくたびれた作業服、丸いメガネと丸い赤ら顔で、やさしそうな雰囲気のおじいちゃん。

 ちょっと緊張した様子で、この会社で扱っているナイフを掲げていた。


『社長! 私たちも手を尽くして1本だけ手に入れたのですが、握りやすくて振りやすい! 最高のナイフですね!』


 インタビュアーの言葉に、わたしもうんうんと頷く。

 社販で投げ売りされていたのでわたしも買ったんだけど、使いやすくて飛竜も簡単に堕とせちゃった。

 スマホの向こうにいる社長さんはうつむいて震えていた。


『こ……このナイフは、我が社の血と汗と涙の結晶です! 積み重ねてきた努力が、いつか報われると信じておりました!』


『でも決め手はやはり「ユリア様」ですよね! ユリア様がトックチューブで初めて製品を紹介したことは、各国で大きな驚きを持って報じられていますから!』


 それでわたしは、いま会社で起こっている騒動のおおよその顛末を理解する。

 わたしと同名のトックチューバーさんが、あのナイフを紹介してくれたらしい。

 それが大きな話題になって、注文が殺到しているようだ。


 トックチューブのなかで使うだけで、そのメーカーに世界じゅうから問い合わせが来るなんて……。

 すごいなぁ、そのユリアさんって人は相当影響力がある人なんだろうなぁ。


 特区にいるんだったら、いちど遠くから見てみたいかも。

 そんな人気者なら、きっとすっごく魅力的な人に違いない。


 なんて他人事みたいに思っていると、衝撃の事実が明らかになる。

 バッと顔をあげた社長さんは男泣きしていた。


『ううっ……! 実を申しますと、我が社は資金繰りが苦しく、倒産寸前でした!』


 いきなりのカミングアウトに、わたしは「ええっ!?」と立ち上がる。

 まわりに誰もいないのが不幸中の幸いだった。


『でもユリア様のおかげで、会社を存続させることができました……! ユリア様は、我が社の救いの女神様ですっ! ありがとう、ユリア様……! ありがとうっ……!!』


 社長さんは感極まるあまり、とうとう報道陣の前で土下座をしてしまう。

 激しく焚かれるフラッシュに会見はクライマックスのようだったけど、わたしはすっかり放心していた。


「う……うそ……。うちの会社って、倒産寸前だったの……? どうりで、人がたくさん辞めてたわけだ……。それに、今年のボーナスも無かったし……」


 それは心臓に良くないサプライズだったけど、嬉しいサプライズもやってくる。


『これは、我が社のユリア様フィーバーです! もちろん、社員にもボーナスとして還元します! ユリア様特別ボーナスとして……ひとり100万円っ!』


「うっ……うっそぉーーーーっ!?」


 わたしはまた立ち上がる。

 いつにない大声をあげちゃったけど、それはテレビを観ている他の社員の歓声でかき消された。

 背伸びをしてパーティションごしに様子を伺ってみると、全社員が抱きあって大喜びしている。


「やったやった、やったーっ!」


「再就職先が無くて困ってたんだよ! これで、無職にならずにすむ!」


「家のローンがヤバかったんだ! これで家を手離さずにすみそうだ!」


「これで、彼女にプロポーズできるぞっ!」


「これもなにもかも、ユリア様のおかげだっ! ばんざーいっ! ばんざーいっ! ばんざーいっ!」


 さすが有名人だけあって、みんなユリア様のことはすでに知っているようだった。

 わたしは今日はじめて存在を知ったけど、みんなに負けないくらい感謝する。


 ……ありがとう、ユリア様……! 会社の危機を……みんなの危機を救ってくれて……!

 そして……わたしにボーナスをくれて、ありがとうっ……!


 しかし、ひとりだけ危機に瀕しているような社員さんがいた。

 遠くて顔は見えなかったけど、声で誰だかすぐにわかる。

 声だけはやたらと大きいその人は、わたしにいつも残業をくれる同じ部署の社員さんだ。

 フロアの隅っこで、年期の入った別の社員さんに土下座している。


「ブヒッ! お……お願いします、人事部長っ! やっぱり、この会社にいさせてくださいっ!」


「え? 大管おおくだくん、キミは今週いっぱいで退職予定だっただろう?」


「こんな会社、もう潰れ……いえ、この会社の素晴らしさがわかったんです! どうかお願いします!」


「そう言われてもねぇ、キミが出したのは退職届でしょ? せめて退職願だったらまだ……」


「ブヒイッ!? な……なら、こういうのはどうですか!? 俺の部署に、俺の言うことならなんでも聞く女子社員がいるんです! 俺のかわりにソイツを辞めさせるってのは!?」


「そんなムチャクチャな。それに退職届はもう社長が承認しちゃったから、撤回は無理だよ」


「そ……そんなぁっ!? じゃ、じゃあせめて、ボーナスください! 借金で首が……いえ、病気の母がいるんです! お願いします! お願いしますっ! ブヒィィィィィーーーーーッ!!」

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