憧れのお姫様抱っこ
02-01 トップユリアー金剛院
それからというもの、わたしの周辺はとてもにぎやかになった。
例のナイフの販売は全世界で10億本を突破したらしく、おかげで会社の業績は右肩上がり。
多くの企業との取引が始まり、日を追うごとに社内に知らない人が増えていく。
ボーナスは嬉しかったけど、人見知りなわたしとしては人口密度が上がるのは憂鬱だった。
そんなある日のこと。
お手洗いをすませて仕事に戻ろうとしたら、ふたりの女子社員さんに立ちはだかられた。
「あなたが地味子の山本さんね」「地味子のクセしていい度胸してるじゃない」
その女子社員さんたちは、背が高くて……あ、わたしよりは低いんだけど、スポーツのインストラクターみたいなひきしまった身体をしている。
姿勢もシャキッとしてて、金剛力士像のような堂々としたポーズでわたしを見下ろしていた。
なんだか怖かったので、わたしはとりあえず頭をペコペコ下げる。
そのままその場を離れようとしたんだけど、後ろからガッと両腕を掴まれてしまった。
「ひゃ……!?」
びっくりして、しゃっくりみたいな悲鳴をあげてしまう。
女子社員さんたちは背中をグイグイ押してきて、そのまま近くにあった給湯室にわたしを押し込んだ。
そこには『女王』がいた。
給湯室には不釣り合いな、いや、この現代社会ではどこにも合わなさそうな、黄金のフレームに真っ赤なクッションの玉座で脚を組んでいる。
我が社の制服を大胆にアレンジした、きらびやかなオレンジ色のベストにスカート。
それどころか髪の毛や目の色までオレンジで統一されていた。
ド近眼なわたしでもここまでハッキリ服装がわかるということは、相当ビビットなんだと思う。
なにがなんだかわからないまま、わたしは後ろにいた女子社員さんたちから力ずくで跪かされる。
まるで大昔の罪人みたいな扱いだった。
「「山本さんをお連れしました」」
女王様のような女子社員さんは「さがりなさい」と一言。
それでわたしの拘束は解放されたけど、立ち上がっちゃいけないような気がしたので、そのまま床に正座をする。
「あ、あの……」と女王様を見上げた。
「わたくしは寛大な人間ですから、あなたに言い訳する義務を与えてさしあげますわ」
「……え?」
「わたくしの所に挨拶に来なかった理由をおっしゃい。もしかして同じ大学の後輩だと思って、下に見ておりますの?」
「あの……あなた……は……?」
「ふふっ、よくいるのですわ。わたくしの気を引きたくて、わざと知らないフリをしたり、挨拶をしない子が。あなたものその手合いのようですわね」
「ええっ……?」
戸惑うわたしの後ろから、厳しい声が飛んでくる。
「無礼者! そちらにおすわすは、金剛院カンパニーのご令嬢、金剛院モンド様よ!」「もちろん知らないとは言わないでしょうね!? さぁ、控えなさい!」
『金剛院カンパニー』は超一流企業だから知ってる。でもその令嬢は知らなかった。
取り巻きの女子社員さんたちが教えてくれたんだけど、金剛院さんは私の大学の後輩らしい。
大学初の就職組になるはずだったのに、わたしが先に就職してしまったので生意気だと怒っていた。
その後、金剛院さんは金剛院カンパニーに就職。でも今月の頭にうちの会社に転職してきたらしい。
金剛院さんが来たその日に、社員さんの大半が挨拶に来たそうだ。
挨拶に来なかったのはわたしだけで、いくら待っても来なかったから、こうやって引っ立てたらしい。
でも入社の挨拶って、普通は入社する側から足を運ぶものじゃないの……?
わたしは社会の常識には疎いほうだけど、さすがにそのくらいは知っている。
しかし金剛院さんは制服の着こなしを見るからに、そんな常識など通用しなさそうなタイプだ。
そして金剛院さんのほうも、わたしの格好を気にしているようだった。
「あなたはなぜ制服を着ておりませんの?」
わたしは「うっ」と言葉に詰まる。
入社した当初はちゃんと制服を着てたんだけど、更衣室は人が多くてニガテだったので、着替えなしでも通勤できるようにビジネススーツに変えたんだ。
変えたときにまわりからなにも言われなかったので、そのままで通している。
「そ、それは……」
「まあ、あなたがそんなクソダサビジネススーツを着ている理由なんて、わたくしにはブラジル人がブラジリアンワックスを使って抜いた毛の総数くらいどうでもいいことですわ」
それはブラジルの人も興味ないと思う。
金剛院さんは、「そんなことより……」と続けながら、取りだしたスマホをわたしに突きつけてくる。
ダイヤモンドで飾られたベゼル、画面はトックチューブのアプリで、金剛院さんが特区にある酒場でチーズをたしなむ姿が映っていた。
「ついに見つけたんですのよ、ユリア様が召し上がったチーズを」
まるで黄金郷でも見つけたといわんばかりの、ドヤ顔の金剛院さん。
わたしは意味がよくわからなかったので、生返事しかできない。
「は、はぁ……」
「ふふ、またそうやって興味のないフリをして。本当はうらやましくてたまらないのがバレバレですわよ。わたくしこそが世界一の『ユリアー』なのですから、素直になるのですわ」
「ゆ……ゆりあー……ですか……?」
また取り巻きの女子社員さんたちが教えてくれたんだけど、『ユリアー』とはユリア様の熱心なフォロワーのことらしい。
ユリア様の自由な生き様に憧れ、ユリア様のヘアスタイルやファッションを真似する。
ユリア様が配信した動画の旅先を訪れ、ユリア様と同じ料理を食べて撮影を行ない、トックチューブにアップする。
それはある種の競争のようになっていて、最新のユリア様をより早く真似して発信するほど、『ユリアー』としてのヒエラルキーが上位になるという。
そのピラミッドの頂点には、世界に名だたるアーティストやトップモデルが君臨しているそうだ。
インターネットでは『特定班』なるものが存在し、有志がユリア様の動画を解析し、行き先を突き止めているという。
現実社会はインターネットによる情報網が発達している。
静止画にグラスが映っているだけで、その反射から僻地にあるカフェであっても数時間で場所を特定できるそうだ。
しかし特区においてはインターネットこそ繋がるものの、現地にインターネット文化がないせいで、特定するための情報がぜんぜん無いらしい。
観光客が多く訪れる王都付近ならともかく、ユリア様の行く未踏の地は検索しても出てこないそうだ。
そのため『トップユリアー』を目指すセレブたちは、ネットの特定班には頼らないという。
『ユリア様追跡チーム』なる情報機関を設立し、他のセレブよりも早くユリア様の行き先を突き止め、出し抜くために情報戦を繰り広げているそうだ。
それはわたしみたいな庶民には、想像すらできないような世界の話だった。
でも、なんでわたしにそんな話をするんだろう?
「はぁ……」
困惑のため息を漏らすわたし。
金剛院さんはそれを感嘆と勘違いしたのか、「見たかったのはその反応だ」とばかりにさらに饒舌になった。
「チーズが最高の村でしたわ。羊たちが放し飼いにされていて、人なつっこくてかわいいんですの。羊飼いのリーダーがイケメンで、その方をはじめとして村人たちは最高のチーズを作るために張り切っておられましたわ。すべてはユリア様に召し上がっていただくためだそうです。観光ついでに村を救うだけじゃなく、村人からも慕われるなんて……ユリア様にしかできない芸当ですわよね」
わたしは無難に相槌を打っておく。
「すごい人……ですね……」
「まあ当然といえば当然ですわね。だってユリア様はこのわたくしが憧れた、たったひとりの女性……。高貴で気高く、美しく強い。かと思えば子供のような一面もあって、キュンってなっちゃうのですわぁ……!」
金剛院さんは玉座に頬杖をつき、夢見る乙女のような表情を浮かべていた。
「しかも偉業はそれだけじゃありませんことよ。ユリア様は村を悩ませていたモンスターを退治するだけでなく、死体を晒しものにして、これ以上モンスターが村に近寄らないようにしたのですわ。その効果はてきめんで、村の周囲にはモンスターの影も出なくなったそうですわよ」
もうわたしの相槌をまたず、金剛院さんはしゃべり続ける。
「あ、あと、これは極秘情報ですけれど、外務省が村の渡航危険レベルを4から1に引き下げることを決定したそうですわよ」
外務省では特区の各地域の危険レベルを公開している。
といってもこちらも情報が揃っていないので、各国の王都だけがレベル1の『渡航注意』で、それ以外はすべてレベル4の『退避勧告』に設定されていた。
基本的に特区はモンスターだらけなので、平和な現代社会からすればどこも戦場と同じだからだ。
しかしこれはあくまで現実世界側からのモノサシに過ぎないので、特区側ではこの危険レベルを考慮しない。
特区ステーションでレベルの4の地域に行きたいと言っても、受付のエルフのお姉さんは「どうぞどうぞ」という感じだったりする。
ふと気づくと、金剛院さんはもったいぶるような目つきをわたしに向けていた。
「……渡航危険レベルが1になることが公になったら、村には観光客が殺到することでしょうね。だってユリア様が行っていたことが明白になるのですから」
「はぁ……」
「特別に、村の名前を教えてさしあげてもよろしくてよ? まだ人が少ないうちに村に行って、チーズを食べている姿をトックチューブにアップすれば……。あなたも、晴れてユリアーの仲間入りができるでしょうね」
それがさも栄誉であるかのように言う金剛院さん。
「噂は伺っておりますわ。あなたは『透けてない幽霊』とか『髪が伸びる呪いの等身大人形』なんて呼ばれるほどに、誰からも相手にされていないのでしょう?」
前者は知ってたけど、後者は初めて聞いた。
「路地裏に咲いてしまったうっかりタンポポのようなあなたが、日の目を見るチャンスですわよ。さぁ、わたくしの靴に頬ずりするのです。そうしたらユリア様の最新情報はあなたのものですわ」
金剛院さんは「そうするのが当然だ」とばかりに、組んだほうの脚をわたしに向けてくる。
よくわからないけど、いまがチャンスだ。
「あの……もう……行っても……?」
「は? いま、なんておっしゃいましたの?」
「すみませ……あの……お仕事があるので……これで……」
このまま金剛院さんの話に付き合っていたら、22時に帰れなくなっちゃうかもしれない。
今日は楽しい週末なので、それだけは避けたかった。
この状況から抜け出すには今しかないと思ったわたしは、金剛院さんの返事を待たずにそそくさと立ち上がる。
給湯室から出ようとしたら、取り巻きのふたりが目を丸くしてわたしを見ていた。
それだけじゃない。外の廊下にはいつの間にか人だかりまでできている。
「う……うそ……」「金剛院様のお誘いを、断るなんて……」「正気なの……?」「命が惜しくないの……?」
ものすごくぶっそうなヒソヒソ話。わたしは振り払うようにして歩きだそうとする。
聞こえないフリをするのは得意のはずだったけど、
「最後に、この会社でもっとも大事なことを教えてさしあげましょう」
その、遥か高みから降り注ぐような声には足が止まった。
「わたくしが飽きて捨てるものを好きにおなりなさい。でなければ、生きてはいけませんわよ」
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