「ハードル」

 俺にとって結婚ってのは、海外旅行と同じものだ。


 いけば楽しいのだろう、テレビや雑誌などで特集されているから見る機会は多いし、単純に日本という国から出て広い世界を見れば、視野が広がる……、知らなかったことが知ることができるし、新しい発想に繋がる情報がどこにでも落ちている――。


 いって損をした、ということはないだろう。


 ただ、早起きしたからいってみよう、という場所ではないだろう。資格と知識がいる。手間さえかければ簡単に手に入れることができるものではあるが、その手間をかけられるかどうかだ。


 海外にいくなら、訪れるその国の言葉は最低限、覚えなければいけない……、ゼロ知識でいくことを責めているわけではないが、まあ、最低限のマナーじゃないか、と思うわけだ。


 たまに日本に観光にきている外国人がいたりするが、あまり日本語は上手ではない……そりゃそうだ、知らない国の言葉を完璧に覚えてから観光にくる外国人の方が珍しいだろう。

 だから拙い言葉で頑張ってコミュニケーションを取ろうとしているのは、ありだ。


 だが、がっつり母国語で話しかけてくる外国人はなんなんだ? ここは日本であり、分かっていて訪れているはずだ。まさか漂流してきたわけでもないだろうに。


 にもかかわらず、がっつり母国語で喋っている……伝わらないって分からない?


 日本人が数多の国の言葉を完璧に覚えていると思ってるのか? そう思っているのだとしたら、買い被りだ。日本人はそこまで優秀じゃない。自分のことで精いっぱいなのだ。


 海外旅行が好きな日本人ならともかく、日本から出る気がない日本人は他国の言葉など知らない……、せいぜい英語の単語くらいだろう……。俺に関して言えば、一月から十二月も曖昧だし、木曜日もギリギリ分からない。その程度の英語力なのだ、話しかけられても困る。


 英語でこれなのだから、他の言語なんて不可能だ。オウム返ししかできねえ。


 だからこそ、海外へいった時は、最低限、訪れる国の言葉は覚えるべきなのだ。

 ――努力。努力をしない人間は、海外へいく資格なんてない。



 結婚も同じだ……と思っている。


 パートナーを幸せにするため、技術を磨く努力をしろ。それが資格となるのだ。


 海外旅行であれば、いって合わなければ日帰りで帰ってくればいい……だけど結婚は?


 他人の意思がある以上、やっぱりダメでした、で別れるのは酷い仕打ちだろう……子供までできていたらと考えるとゾッとするな。


 そういう意味では、海外旅行よりもハードな行為だと言えた。


 どちらもハードルは高いが、越えた先に広がる景色は魅力的だ。


 ああ、飛び越えて良かった、と思える景色がそこにある……そこに滞在し続けることもまた、努力をしなければいけないのだが……。


 そして、そのどちらも、人生において必ずしなければいけないことではない。


 知らない人間はごまんといる。


 海外の美しさを知らない者も、

 結婚の充実感を知らない者も――でも。


 知らなければ、これまでと変わらない。

 知ってしまえば、それがない生活に違和感を覚える。


 知らなければ。


 そんな世界があることを知らなければ――、


 人は知らないものを憧れたりはしないのだ。

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