第16話

 帰りの電車の中は蒸し暑さの消えない異様な空間だった。小野は自分の身体か火照っていることに今更ながら気が付いた。そしてそれを不思議に思っていた。別段先ほどのみかんとかいう彼女とは何もなかったのであるから、そう身体を熱くすることもないように思えた。

 ゆうあという女性は、小野が今回目星をつけた女性の中で一番可能性のある女性だった。それは小野のする連絡に関して、最も反応が良かったからである。簡単に言えば、業者らしさのない女性である。

 M駅から地元までのルートをさらに行くとゆうあとか言う女性の会えるべき場所に行ける。小野は帰りながら彼女が返事をよこしてくるか試すことにした。彼の地元の最寄り駅までに連絡がなければ諦めるほかないと思ったのである。

 車窓には都心のビル群が所狭しと並んでいる。同じような景色が繰り返される中で、彼はまた眠気に襲われていた。

 ——どうせ連絡など来ない。いっても待たされるだけ。

 小野はかすかな意識の中で、自分にそう言い聞かせていた。座席に腰を掛けていると、俄然眠気だけが彼に襲ってくる。もはや24時間以上眠っていない。いつ意識がなくなってもおかしくはなかった。単調な電車の揺れと単調な都会の景色に何の感慨もない。どちらかと言えば、いつ新宿につくだろうか、そればかりが気がかりであった。

 新宿に着くとすぐに地下街へ赴き、そこを通り抜けて乗り換えをした。乗り換えの際にメールを確認すると、ゆうあという女性からしっかりとメールの返事が返ってきていた。

「今日会えますよ。何時ですか?」

「8時、田M駅」

「わかりました。条件はありますか?」

 小野はあまり理解のできないメールだと思った。条件? とはいったい何を訊きたいのか図りかねた。とりあえずそれらしいことを返事しておけばいいだろうと思った。

「条件? ものによっては要求する金額よりも出していいよ」

 小野はその文面だけメールで送ると、スッと眠りに落ちた。これから田M駅まで行くとなると2時間近くかかる。新宿を出たのは5時ちょうどであった。田M駅で夕食でも摂って時間はいくらでもつぶせる。そう思うと小野は安堵したような気持になったのである。

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