第15話
話が終わると、彼女はため息をひとつついて服を着る小野にこう言った。
「えー、ほんとにもうしないの?」
こういう女性もいるのだろうかと小野は少し不思議に思った。今までここまで性にすがってくる女性を見たことがなかった。彼女は口寂しくなったのか煙草を吸い始めた。呑んでいる煙が少しずつ立ち上って部屋に充満していくのが、窓から差し込む光の加減でよく見えた。
「アナタは家族もやばいし、友達のこともやばいと言っている。多分刺激が欲しいだけなんだよ」
「それはそうかもしれないです」
「とりあえずこれ」
小野は着替え終わると財布から2出して彼女に握らせた。
「あの? 交通費もくれませんか?」
「その金あれば充分帰れるだろ」
「そうこうしているうちにすぐなくなっちゃうんです」
小野はため息をついて、0.5を追加で渡した。
「アナタは少しいろんなものを見て、考え方を広めてみるといいと思う」
彼女はお金を受け取りながら小野の話に答えた。
「見るって何を見るんですか?」
「手っ取り早いのは映画とかかな? どんな映画が好き?」
「洋画ばかりです。昔はリングとか見たりしたんですけど、あれって嘘じゃないですか? なんか笑えてきちゃうんですよね?」
「でも洋画もホラー系はうそが多いでしょ?」
「でも洋画の方が文化が違うから、何か特異な感じがするんです」
「ふうん」
「邦画だとなんかダサく感じるっていうのもあるんですけど」
「そしたら冷たい熱帯魚とか見てみるといいかもね?」
「どんな話なんですか?」
「邦画の猟奇殺人事件の話かな?」
「そんなのどこにでもありません? 今どきは」
「でも冷たい熱帯魚は実話を基にしているんだよ」
「実話? それ観たいかも——」
外に出るとき、彼はこの娘に気づかれないように、メールを一通また別の女性に送っていた。時間は午後4時に近付いていた。
「ゆうあさん、突然ですが今から会えますか?」
小野はどうしても今日目星のつけてある人物に会っておきたかった。すぐ横でまた彼女は話し出した。
「きょうは暑いですねぇ」
彼女は何かしら話をしていないと気が済まないようだった。
「——誰にメールしているんですか?」
「嫁——」
「結婚していたんですか?」
「ああしているよ? 悪い?」
小野は平然と言っているが、自分自身も彼女と同じようにオカシナ人間であるような気もしてならなかった。結婚しているのにもかかわらず、よくわからない女性と肩を並べて歩いている。しかもさっきまで行為をするつもりでいたのである。それは状況として不逞行為なのは確かであるし、無実を言えることのできない状況にあることも確かだった。
「また会えますか?」
「そう思ったときにメールすれば?」
小野にはもう彼女と会う気はなかった。あの体躯を目に焼きつけて、どう好きでもない彼女と向き合えるだろうかと思っていた。しかし、その回答は小野が出さずとも彼女の方から自然と言葉に出してはっきりとさせることになった。
「いや、もう会ってくれないんだろうな」
小野は連絡をすればといったのにと思った。けれども彼女の方からそう言葉にしてくれたお陰で、小野もどこか今回のことを何ともなかったように思えたことも確かだった。
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