第11話
小野は彼女の話がだんだんどうでもよくなるのを感じながら、また駅から随分と歩かされていることに気が付いていた。
「どうでもいいけど、帰り道がわかんなくなりそうだな——」
そう呟いてみると、このみかんという娘は、そうですか? と笑いこけた。——おそらくは小野のデリカシーのないどうでもいいけどという言葉が癪に障ったのだろう。あからさまに話の腰を折られたことに彼女は顔をゆがませていた。しかしまた、小野もこの娘の返答に少しばかり憤りを覚えていた。——そうですか? などとからとぼけた反応がいつまでも耳に残っていらだたしかった。そのため小野はこの娘のその返事に関しては何も反応を見せなかった。帰路が分からなくなることほど面倒なことはない。そこを——そうですか? などといわれて、話を終わりにされてしまうのはどことなく自らの真意を蔑ろにされているような気がしていた。——そしてまた小野は内心失望を感じているのだった。
——この人と行為にまで至れるのだろうか? と。
「——ここです」
苛立たしい感情をそのまま、黙りこくっていると、彼女の方から目的地に到着したことを言われ、小野は茫然としていた。とり急ぎは「3000~5000」の看板が目に入った。そして――なんだそんなものか。と内心思っていた。雑居ビルの間に狭苦しい隙間があった。そこがこのホテルの入り口であるが、立て看板以外は店の名前だけが表にあって、そのほかに何も表示されていないところを見ると、ここが一見ホテルかどうか、始めてくる人にはわかりにくい感じがあった。しかしそれは知らない人には知る必要もないという表れでもあるようにも見えて、小野にとってはいい印象を持たせる佇まいであった。
「1時間でおねがいします」とこの娘はマスク越しに笑顔を見せたが、なんとなしにその表情にはいやったらしさが見えていた。
「3000円です」
受付にいたのはおやじだった。小野は表情も感情もないおやじをみて、言われた数字の金を出した。この男の鍵をスッと受付から出す感じがどことなく小野を小心者にさせる。
そして彼女は小野がそのひるんでいる合間に、スッと受付から押し出されていた部屋のカギを受け取って顔を合わせもせず、スタスタと建物の奥にあるエレベータの方へと歩いて行った。小野は少しの間あっけにとられていたが、行為にありつけるのだというイメージが頭の中によぎると、すぐさま気を取り直して、彼女の後に続いた。
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