第8話

「11時にG駅北口の○○カラオケ店の前で待ち合わせましょう」

 ここまでの約束にこぎつけるのにいくらか払っている。一つのメッセージを送るのに数百円も払わなければならないうえに、行為に数万払わなければならない。こんな悪徳な商売が成り立つのだろうか? しかも当の本人は来ない。

 小野は不思議な面持ちのままメールすることにした。

「もう1時間待ちました。帰ります」

 数分もしないうちに返事が来た。

「仕事で急に打ち合わせが入ってしまいました。終わったらすぐに向かいます。もう少し待っていてください」

 小野は夜勤明けのけだるさとともに、商売女というのはこんなものかと思った。

 メールの返事も見終わらないうちに、山手線に乗り込んだ彼は、新宿へと引き返していた。何の感慨も浮かばなかった。混雑する電車の中で吊革につかまる小野の脇に女の髪がこそこそと触れてくることが何かしらの背徳感を思わせた。

 初めから小野は知っているのだ。あと二件ある。あと二件の約束のうちどこで捕まえることができるだろうか――。それとも今日は何も得られずに終わるのだろうか。

 絶望の中で少しの期待を持ちながら、彼は電車に揺られていた。

 電車の中でも数通メールのやり取りをする。ドレスを着た写真がプロフィールに載っているが鼻を熊のスタンプで覆っているので見た目美人に見えるが、判別はつかない。――というかこれが実際会うとサイトに掲載されている写真とは全く違っていてととんでもない顔をしていることが多い。詐欺であるが、そこを突っ込むわけにもいかない。

「突然すみません14時からの約束ですが、これから会うことはできますか?」

 するとこちらも数分もたたずにメールが来た。

「私もこれからM駅に向かうところです。何時ごろにつきますか?」

「12時半にはM駅に着きます」

 小野はここで少しの期待感が報われる気がしたのとともに、何かの喪失感を覚えた。それは報われたにしても騙されていることを知っているからである。

 ――容姿は、別段小野の好みではなかった。キレイといえばキレイであるが、体の部位がそれぞれ大きく見える。顔が小さいのだろうか? 身長があるのだろうか?――

 そんなことを思いつつ、メールのやり取りを続ける。

「12時半よりは少し遅くなりますが、待っていてください」

「わかりました。待ち合わせはどこにしましょうか? それから、服装だけお伝えしておきます。青いシャツにベージュのパンツ、グレーの革靴を履いています」

「M駅の北口にK屋があるので、その前にいてください」

 小野は期待をしつつ、その期待をすぐにまた失望にかえて、呆然とK屋の前に立った。

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