第7話

 数週間前、小野は某サイトに彼自身のことを書き込んでいた。少し脚色を加えて――。

 HNを蛭とした。彼の小さい時の渾名である。

 年齢と性別はうそをつかないことにする。――出身もだ。

 職業は会社員――。

 煙草は吸う質である。しかしプライベートでは吸わない――。

 飲酒はたしなむ程度とする。たしなみ方は人それぞれだが――。

 暇な時間? 深夜、いつも退屈で仕方ない。

 出会うまでのプロセス? 不思議と思うがこのサイトはそういうサイトである。いずれにしても連絡がとりあえればそこでうまく話をつければいい話である。

 利用目的はもちろん――、恋人探しである。


 小野には3歳と1歳の子供がいる。男の子と女の子である。どちらも玉のように生まれて健やかに育っている。小さなころ外に出ることのできなかった彼に比べればずっと丈夫に育っている。小野は休みがあれば子供と遊び、家族と買い物に出かけ、こどもに食事をさせたり、お風呂に入れたり、寝かせたりすることもする。

 小野は嫁とここのところ揉めるようになった。下の娘が生まれた時からぶくぶく太り厚かましくなった。子育ては大変なのだろうが、適当な仕事で保育園に預けて定時で帰ることができるのだから、どこがつらいのだろうか――。平日はわたしひとりで子供の世話を全部見ている。などと言われて、彼が何もしていないことを強調したがるが、休日には子供と遊び、買い物に行き、食事もさせて、お風呂にも入れ、寝るまでの世話を小野がすることもある。それだけでは不十分であるというのだろうか、それではまるで小野一人ですべてこの家を切り盛りしなければいけないということだろうか? 子育てと仕事を両立して世の中まともにひと世帯を運用できるのだろうか? 彼に死ねということなのだろうか?

 そういった怒りで彼が我を忘れたというのは本当のことだ。けれどもそこに自覚症状があるように、怒りで我を忘れたと自分に言い訳をして、彼女らの要求に答えるつもりになったというほうが正しい。

 けれども――。

「ご連絡ありがとうございます。わたしとこれから大人の関係を続けていただける方を探していました☆」

 などという誘いに乗って、駅前のカラオケ店の前で小一時間待っている。真夏のムッとする風を浴びながら、胸あたりにジワリとにじむ嫌な汗が服に浸み込んでペタリと肌に張り付く感覚が、いらだちとは逆に表に現れているどうでもいいといった感情を余計に嫌なものにしていた。

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