第22話 湖畔の散策、後編

 ステファニーはミルヴァナに手伝ってもらい、ようやく用を済ませた。ステファニーはトイレから出た途端、不満を漏らす。


「このふくきてると、おしっこできない」


 一般的には「水着を着ていると排尿が難しい」であるが、ステファニーに水着を悪とする選択肢はなかった。彼女はなんと終始水着で過ごすことに決め、ミニワンピースを脱いでしまった。


「お散歩はどうするのですか?」

「おわったよー」


 往復でおよそ六分。短い散歩となってしまった。こうなってしまってはミルヴァナも我慢出来なくなってきた。


「泳ぎますか?」

「わーい、うみー!」

「「ふふふふっ」」


 二人は水着姿のままテラスから庭へ出た。そこから続く小道を抜けると直接湖につながっている。庭ではサミュエルが魔術陣の下準備をしていた。


「サミー、うみいってくるー!」


 ステファニーが軽くサミュエルに挨拶した。魔術陣から顔を上げたサミュエルは、二人を見て目を剥いた。驚き過ぎて言葉が出てこない。彼は手に持っていた魔核をいくつか落としてしまった。


「わぁぁ! かわいぃ!」


 ステファニーはガラス玉のような魔核を拾い集めた。よく磨かれた水晶のように輝いている。


「あいっ」


 ステファニーがサミュエルに魔核を渡すと、彼は顔を真っ赤にして怒った。


「お待ちくださいっ!! 奥様!」

「んあ?」

「何ですか、その格好は!? ミルヴァナ、お前まで何てことだ!」

「え? 何か駄目ですか?」

「駄目に決まってるだろう!! それで外に出るなど言語道断だ!」


 サミュエルは湖畔へとつながる小道に立ちはだかった。離れているとはいえ、この湖には貸別荘がいくつかあるのだ。目撃でもされたらエーデルレイク家の恥だ。それは家令の評価にも直接つながる重要事項なので、サミュエルは死んでも湖水浴を阻んだ。


「ステファニー……?」


 ステファニーが振り向くと、庭へ続くテラスの扉の前にアベラルドが立っていた。遅れて散歩から戻ってきたのだ。後ろにフィリップも従っている。


「あ! おいたん、みてみてー! ピンクなのー」


 ステファニーが無邪気にアベラルドの方へ駆け出した。どんどんと近づいてくる水着姿の妻を前に、アベラルドは興奮した。否、興奮しすぎた。


「うおおぉぉぉおおぉぉおぉぉっっ!!」


 アベラルドは逃げた。彼の立ち位置には複数の血痕が残され、その量は尋常ではなかった。


「おいたん……」


 ステファニーはまたアベラルドに逃げられて寂しそうにしている。それを見たフィリップがステファニーに声をかけた。


「大丈夫ですよ。よくお似合いです。旦那様はただびっくりなさったんです」

「おいたん、びっくりしたの?」

「左様でございます」

「なんで?」


 素直すぎる疑問に、フィリップは少し言葉に詰まった。


「奥様が可愛いから……だと思います」

「なんで? なんでかわいいからびっくりするの?」


 四歳児は簡単に納得しない。「なんで」を重ねることで容赦なく大人を追い詰める。童貞を卒業できないからですよ、などと言えるわけがない。


「そういえば、ネイサンがおやつを準備していましたよ」

「いえーい! おやつー!」


 こうしてアベラルドの威厳が辛うじて守られた。ステファニーとミルヴァナは水着を禁止され、別荘初日は散策だけで終わってしまった。しかし、まだ重要イベントが残っている。使用人達はファーストキス大作戦遂行に向けて動き出した。

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