第20話 魔核奪取

 ファーストキス大作戦の準備は着々と進められていた。フィリップは必要な服や小物などを商人と交渉するため忙しくしている。普段はサミュエルが対応するが、彼は流れ星を作るため大量の魔力を溜め込んでおく必要があった。規模の大きい魔術は魔核に魔力を溜め込んでから、魔術陣でそれを消費して行使する。サミュエルは作業に集中するため、一人執務室に籠もることが多くなっていた。


 サキュバスの卵達にとって誘惑するチャンスである。キャスリン、ティオナ、マリッサはそれぞれ犬の衣装をつけてサミュエルの執務室前に立っていた。魔犬が小声で指示を出す。


『いいかお前ら。最初から魔力全開でいけよ』

「私、フィリップ様と同じ犬種が良かったなぁ……」


 キャスリンが頭につけた犬耳を気にしている。マリッサがキャスリンの犬耳を整えながら、キャスリンの犬種を教えてくれた。


「ん、パピヨン」


 それを聞いたティオナが、自身の垂れた犬耳を下から持ち上げて自慢した。


「私の犬耳は垂れてて可愛いわぁ。ねぇ、マリッサ。これって何犬なのぉ?」

「ん、ビークル」

「いいわねぇ。マリッサのはぁ?」


 マリッサの耳と尻尾は丸く、ふわふわしていた。


「ん、秘密」

「ええ、教えてよぉ。絶対クマさんでしょぉ?」

『おまえらなぁ……』


 これから男を誘惑するというのに、色気もなければ緊張感もなかった。


『俺様の魔核を取り戻す気はあんのか?』

「もちろんですキャン」


 気を引き締め直したキャスリンが犬に成りきり、語尾が変化した。それにつられてティオナとマリッサも魔犬に答える。


「もちろんでぇすワフゥ」

「がおがお」

『お前らだけじゃ頼りねぇ。俺様が指導してやる!』


 魔犬はキャスリン達の色気を引き出そうと、試行錯誤し始めた。キャスリンの武器は爆乳。ティオナの武器は美脚。マリッサの武器は桃尻。それぞれを活かすように決めポーズを考えてみる。

 あれこれ考えているうちに、サミュエルに三人娘達の肌を見せるのが嫌になってきた。魔犬は、見えそうで見えない想像力を刺激するようなぎりぎりを攻めることにした。彼はカッと目を見開いて、指示を出す。


『まずはキャスリンのおっぱいを半分晒せ! 全部見せるなよ』


 キャスリンはエプロンの肩紐を下ろし、ブラウスのボタンを外した。少しずつ露わになる肌は白く透き通っている。彼女の伏せた目線が妙に色っぽかった。キャスリンは開いたブラウスに手を差し込むと、自身のブラジャーをゆっくりと下へと押し下げた。ブラウスの形が急に艶かしくなる。さらにボタンが外され、キャスリンはブラウスを掴むとゆっくりと開いていき――


『おお……』


 その色香に魔犬は唸った。サキュバスの卵とはいえ、素晴らしくエロい。

 そして、キャスリンは片方のおっぱいをボロンと投げ出した。


『ちげぇよ! 片方全部出すヤツがあるか! 全部見せるなと言っただろ!?』

「え? 全部見せてません。片方だけですキャン!」

『だぁあ! 分かってねぇな! 乳首が見えたら妄想の余地がねぇだろ!? おっぱいの上だけ両方晒せばいいんだよ!』

「さすがはフィリップ様!」


 キャスリンは襟ぐりを大きく開いてブラウスを乳首に引っ掛けた。巨乳のみに許されたブラウスの着こなしであった。パンパンに張り詰めたブラウスはいつ弾けるか分からない緊張感を放っている。


『それからティオナはぎりぎりまでスカートを捲くれ。足を前に出して男を誘うんだ』


 ティオナは足を半歩前に出すと、ゆっくりとメイド服のスカートを上げていった。薄いニーハイタイツが黒いので引き締まって見えるが、全体的にむちむちしていた。タイツの食い込みが太ももの柔らかさを物語っている。


『おお……』


 その色香に魔犬は唸った。サキュバスの卵とはいえ、素晴らしくエロい。

 そして、ティオナは限界までスカートを捲りあげ、彼女のひよこ柄の毛糸のパンツが可愛く顔を出した。


『ちげぇよ! 可愛いけど色気がねぇ! そもそもパンツまで見せるなぁ!』

「だってぇ……、ぎりぎりまで捲くれってワフゥ」

『スカート捲りの限界に挑戦してどうすんだよ! パンツが見えないぎりぎりを攻めるんだ!』

「さすがはフィリップ様ぁ!」


 ティオナはスカートの裾の高さを調整し、ぎりぎり毛糸のパンツが見えないように隠した。見た目はエロいが、毛糸のパンツの存在を知った今は予想以上に心穏やかに眺めることができた。


『仕方ねぇな。最後にマリッサはケツのフォルムを強調しろ。布を引っ張って食い込ませるんだ』


 マリッサはくるりと反転すると、お尻を突き上げるように魔犬の前へと出した。スカートの布を引き、お尻の形が少しずつはっきりしてきた。


『おお……』


 その色香に魔犬は唸った。サキュバスの卵とはいえ、素晴らしくエロい。

 そして、マリッサは布を引きすぎてスカートが脱げてしまった。上半分だけお尻が見えて間抜けに見える。


『くっそ! これはこれでありとか思っちまった!』

「がお?」


 マリッサは魔犬に促されてスカートを整えた。

 キャスリンの爆乳、ティオナの美脚、マリッサの桃尻の見える角度を微調整するため、魔犬は声を張り上げる。


『キャスリン、もっとかがめ! ティオナ、足をもじもじさせろ! マリッサ、尻を天に突き上げろ!』

「キャン!」

「ワフゥ」

「がおがお」


 奇跡のような三人のポーズが決まったとき、サミュエルの執務室の扉が唐突に開いた。誘惑するターゲット、サミュエルが顔を出す。


「うるさいぞ! 扉の前で何をごちゃごちゃと――」


 サミュエルは絶句した。乞うような目をしたメス犬達が目の前で誘っているのだ。彼の大好物とも言える駄犬が、おっぱいを苦しそうに腕に挟み、むちむちの足をもつれさせ、躾を強請るように尻を震わせている。


『今だ! 魔力全開ぃ!』


 魔犬の指示を受けて、三人のサキュバスの卵達は力を合わせて誘惑の魔力を放出する。


「くっ……」


 サミュエルは片膝をついて床へ蹲った。彼の息は荒く、その瞳には生気がない。今まで執務室で魔核に魔力を込め続けていたのだ。サミュエルの魔力は衰えていた。サキュバスの卵達の魔力を直接くらい、彼は呆気なく惑わされてしまった。


「うぅ……あぁ……」

「やったキャン!」

「成功ワフゥ」

「がおがお」


 三人は手を取り合って感涙した。初めて人間の男、しかも魔術師を惑わせることができたのだ。達成感に満たされて、三人は魔犬の前にひれ伏した。


「フィリップ様のおかげで人間を惑わせることが出来ましたキャン! ありがとうございますキャン!」

「ありがとうございますワフゥ」

「がおがお」

『うむ! さすがは俺様だな! ふははははっ』


 サキュバスの卵達は魔犬に手を伸ばすと、思い思いに撫で始めた。奪い合うようにして魔犬を抱っこし、きゅっと抱きしめる。感極まった三人の抱擁は、なかなか終わらなかった。


「偉いですキャン、フィリップ様」

「可愛いワフゥ、フィリップ様ぁ」

「がおがお」

『お、おい……、分かったから離せ! お前らサミュエルの野郎を惑わせただけで、何もしてねぇだろ。真の目的を思い出せ!』

「はっ! そうだったキャン」


 キャスリンはティオナとマリッサに目配せをして、三人は前後不覚のサミュエルを執務室に追いやった。サミュエルは後退りしながら苦しそうに唸っている。彼は机まで迫られて後がなくなってしまい、机に乗り上げるように倒れ込んだ。辛うじて半身を持ち上げて、息を荒くしていた。三人のサキュバスの卵達が上からサミュエルを見下ろす。キャスリンが妖艶に微笑むと、本物のサキュバスのようだった。


「さあ、答えなさいキャン。フィリップ様の魔核の在り処を!」

「うぅ……」


 サミュエルは手を振り上げると何やら呪文を唱えた。三人は一瞬身構える。すぐにカチャンという音が背後から聞こえ、振り向くと床に小さな扉が出現していた。キャスリンが恐る恐る扉を開くと、小さな箱が置いてあった。


「開けてみるワフゥ」

「がおがお」


 ティオナとマリッサが床下収納から小箱を取り出し、ゆっくりと開けた。中には透き通った青銀色の魔核が入っていた。キャスリンが小箱から魔核を取り出すと、小箱と床の扉がスッと消えてなくなる。キャスリンが目線の高さまで魔核を持ち上げた。とても美しい色味にキャスリン達は魅了されてしまった。


「フィリップ様、これこそ魔王の魔核キャン」


 キャスリンが恭しく魔核を魔犬へと差し出した。魔犬はふんふんと魔核の匂いを嗅ぐ。


『ふむ。犬になってから魔力を全く感知しなくなった。本当に俺様の魔核か?』

「きっとそうですワフゥ」

「がおがお」


 サミュエルが魔術を使って隠していた魔核。さらには、未熟とはいえ魔族の三人が太鼓判を押しているのだ。魔犬はこれこそが自分の魔核であると確信した。


『やっと見つけた! 俺様の魔核!』


 魔犬は魔核をくわえ、ニヤリと笑った。


『ふがふが、ふんっひふう』

「フィリップ様、くわえたままでは伝わりませんキャン」

『うぐぅ』


 魔犬は自身の失態を恥じて顔を顰めた。ゆっくりと魔核を床に置いて、何もなかったように改めて三人に指示を出す。


『ずらかるぞ! ついてこい!』


 すると、いつも命令を素直に受け入れる三人が、珍しくそわそわしだした。


『どうした?』


 キャスリンは魔犬の前に跪き、許しを乞う。


「私達は初めて男を惑わせることが出来ましたキャン。最後までやりきりたいキャン」


 キャスリンに続いてティオナとマリッサも横に跪いた。


「強くなりたいワフゥ」

「大願成就がお」

『お前ら……』


 魔犬は快く許してやるつもりだった。でも、その許しの言葉がなかなか出てこない。可愛いサキュバスの卵達と憎きサミュエルが交わると思うと、なぜかモヤモヤする。いつの間にか魔犬にとって三人は大切な存在になっていた。


 そして同時に、彼女達がどれほど強くなりたがっているかを魔犬は知っていた。それも魔王に仕えるためだと彼女達は言っているのだ。魔犬は断腸の思いで決断した。


『わかった。サミュエルの野郎には魔術陣を描かせないといけねぇ。ほどほどにしとけよ……、それから出来るだけ早く済ませろ……、うう、一瞬で終わらせて帰ってこいよぉぉ! くそっ、サミュエルの早漏野郎ぉ!』


 魔犬はそう言い捨てると魔核をくわえて外へ出ていってしまった。

 許しを得たサキュバスの卵達は執務机に乗り上げているサミュエルの方へ迫った。サミュエルは未だ朦朧としている。


「最初はキャスリンがするワフゥ」

「がおがお」

「二人とも……、ありがとキャン」


 キャスリンがサミュエルの肩を軽く押すと、サミュエルは面白いほど簡単に机に倒れ込んだ。ティオナの美脚でサミュエルの足を挟み込み、マリッサは投げ出された手をまとめてお尻で踏みつけた。完全に拘束されたサミュエルは、普段の彼からは想像もつかないほど淫らだった。キャスリンを見つめて物欲しそうに息を荒くしている。


「覚悟しなさいキャン……」


 キャスリンは仕上げへと入る。サミュエルの喉元を大きく開き、その首筋へと噛み付こうと口を開けた。情慾の魔力を送りこめば、すぐに交わることが出来るだろう。キャスリンは大きな胸をサミュエルに押し付けるようにして、彼に近づいた。彼の首に、はあっとキャスリンの吐息がかかり、湿った首筋が薄く桃色に染まる。


「あぁ……」


 堪らずサミュエルが声を漏らしたとき――


「お代については家令と相談してください。こちらのサミュエルが――」


 執務室の扉は魔犬が出ていったときのまま、開け放たれていた。扉の向こう側にフィリップと商人のロジャーが突っ立っている。サミュエルとキャスリン達の痴態を目撃してしまい、二人は固まってしまった。


「お前たち、何をしている?」


 フィリップが呆れたように問いただした。どういった経緯で三人はサミュエルといちゃついているのか。答えによっては見逃すのも一興だとフィリップは考えた。


「あ、違うの! あのっ、えっと……」


 あからさまにキャスリンが狼狽えだした。魔王の魔核を盗みに来たと万が一にもバレてはいけない。


「違う? 何が?」


 据わった目をしてフィリップが聞き返す。その後ろでロジャーが手で顔を覆い、指の隙間から覗き見している。

 キャスリンは追い詰められて咄嗟に本当のことを口にした。


「フィリップ様に言われてサミュエルを誘惑しただけです!」

「はあっ!?」


 フィリップは寝耳に水だった。いつの間にかこの事態はフィリップの指示ということにされてしまっている。ロジャーが指の隙間から驚愕の目でフィリップを見る。キャスリンは気分が高揚してきたのか、まだまだ独白を続けた。


「フィリップ様は本来こんなところで、あんなことをするようなお方ではないのです! サミュエルのせいであんなことを……」

「あんなこと?」


 急にロジャーが割り込んでキャスリンに聞き返した。びくびくとした様子だが、その目が好奇心の光を放っている。彼の質問に三人が銘々こたえていった。


「屋敷の庭中におしっこをしたり」

「猫のフンを土に埋めたりぃ」

「ん、雑草食べる」

「ガチでやばいヤツや……」


 ロジャーが震えながらフィリップを見つめた。その瞳には恐怖が宿っている。


「俺はそんなことしてない! 濡衣だ!」


 すると、キャスリンは感極まったのか涙を流しだした。それにつられてティオナとマリッサの頬にもはらはらと涙が伝う。


「私達、フィリップ様をお救いしたくて力になろうと申し出て……」

「そしたら、フィリップ様がサミュエルを誘惑しろってぇ」

「ん、命令」


 ロジャーはフィリップに書きつけのメモを渡すと、早口で話しだした。


「私は何も見ておりません。聞いておりません。これは見積もりです。どうぞ家令殿にお渡しください」


 フィリップは慌ててロジャーに訂正する。


「待ってくれ! 俺のことじゃない! 誤解です!」

「あーあーあー、きーこーえーなーいー」


 ロジャーは耳を両手でトントンと叩きながら、聴覚を誤魔化した。現実を拒否してやり過ごすつもりだ。


「私はこれで失礼したします。お見送りは結構です。出口は分かりますから。それでは御機嫌よう!」


 ロジャーは一方的にまくし立てると、駆け足で廊下の奥へと消えていった。それに続くようにキャスリン達も逃げていく。


「失礼しました」

「さようならぁ〜」

「さらば」


 まさに脱兎のごとく。一瞬にしてフィリップは執務室に一人残されてしまった。辺りはしんと静まり返る。


「ああんっ」


 絶妙なタイミングでサミュエルの野太い喘ぎ声が聞こえてきて、フィリップの堪忍袋の緖がブチっと切れた。


「くっそおぉぉぉっ!」


 フィリップは憂さ晴らしにペンを取り出して、サミュエルの顔に落書きをした。本当なら殴り飛ばしてやりたいが、それをすると後々面倒だ。持て余した怒りを全てぶつけるように力強く線を引く。


「俺は何もしてねえぇぇっ!」


 最後にペンと見積もりを床へ叩きつけて、フィリップは部屋を出ていった。

 後に正気に戻ったサミュエルは、鏡を見て絶叫した。サミュエルは犯人探しに躍起になったが、彼の記憶が曖昧だったためフィリップが何か言われることはなかった。その代わり、最後に記憶に残っていたサキュバスの卵三人組が疑われ、しばらく仕事が割増されることとなった。そのため、魔王の魔核を開くために湖畔へ行くのは、魔犬のみとなってしまった。

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