第10話 復讐その2
アベラルドは目の前にある小箱を前に思案していた。特注したローズクォーツのペアブレスレットが完成し、ついさっき納品されたのだ。すぐにでもステファニーにプレゼントしたいが、彼はかっこよく渡したかった。出来れば自然な流れで誘導し、あっと驚くような演出がしたい。
彼は小箱の蓋をそっと開けた。中にはブレスレットが入っている小袋と、予備で買ったローズクォーツの丸玉が入っている。アベラルドはぴんと閃いた。ステファニーの遊びを利用するのだ。ステファニーに丸玉を渡して、それを部屋の何処かへ隠してもらう。それをアベラルドが探し出し、丸玉をステファニーに見せた瞬間、アベラルドがぱっと手を振る。すると、ただの丸玉がブレスレットに変わっているのだ。少し手品の練習が必要だが、ステファニーは喜んでくれるに違いない。
アベラルドは早速、朝食の席でステファニーに提案した。
「ステファニー、今日は宝探しゲームをしよう」
「わーい! たからさがし!」
「前は俺の部屋で遊んだから、今度はステファニーの部屋だ。このローズクォーツを隠してくれ」
アベラルドはローズクォーツの丸玉を取り出し、ステファニーに渡した。
「くふふっ。ぜったいみつからないとこに、かくさなくちゃ」
朝食を済ませた後、ステファニーはすぐに自室へ戻って、隠し場所を探し始めた。定番は置物の裏や机の引き出しの中だ。ステファニーは迷わず引き出しに手をかけた。
「お待ちください、奥様」
「なぁに?」
「そこではすぐに見つかってしまいます。こことかどうでしょう?」
ミルヴァナは家具の隙間の僅かな空間を指差して言った。
「そこ、くらいからやだ」
「暗いですか?」
「まるたまちゃん、かわいそう」
ステファニーはローズクォーツの丸玉に名前をつけたようだ。
「まるたまちゃんの居心地が良くて見つかりにくい場所……。何かに入れるとか、包むなどしないといけませんね」
「うーん、どうしよう」
ミルヴァナはステファニーの部屋を見渡した。全体的に淡い色で統一されたファンシーな装いだった。家具はローテーブル、ソファ、チェストと鏡台、少しの美術品が置いてある。小物は少なく、ステファニーのおもちゃ等は片付けられていた。スッキリしすぎていて、良い隠し場所が見当たらない。
「おもちゃを出しましょう。散らかしておけば見つかりにくいです」
「やったぁ! いっぱいちらかす!」
ステファニーのおもちゃは衣装部屋に詰め込んであった。二人はそこからたくさんのおもちゃを持ってきて、部屋中にばら撒き始めた。ユニコーンちゃんもソファの上に鎮座している。最終的にはおもちゃだけでなく、帽子や靴、鞄なども衣装部屋から持ってきて並べられた。
「くふふふっ。おもちゃいっぱい!」
「奥様、これこれ」
ミルヴァナはステファニーの白い手袋を、ユニコーンちゃんのお腹に下向きに付けて得意気に言った。
「乳牛」
「あははははっ! ちがうよ。ぎゅーにゅーだよ!」
突如として物ボケが始まってしまった。ステファニーはユニコーンちゃんの角に靴下を履かせて楽しそうにしている。
「はははっ! あしがいっぱい!」
「ふふふふっ、楽しいですね。奥様」
「たのしい!」
ステファニーとミルヴァナはくだらない物ボケをして遊んだ。彼女達はまるたまちゃんを隠すことをすっかり忘れている。テーブルに無造作に放置されたまるたまちゃんを発見してミルヴァナは我に返った。
「ハッ!」
(また奥様と遊んでしまった! こんなことしてる場合じゃない!)
ミルヴァナはやっと復讐のことを思い出した。アベラルドの劣情を煽るような悪事はないものか。彼女は考えた。
「奥様、まるたまちゃんをパンティの中に隠しましょう」
ローズクォーツの丸玉を見つけた途端に犯罪が成立する極悪な隠し場所だった。これならアベラルドの精神を衰弱させ、加えて下着の窃盗罪に問うことが出来るのだ。あまりに完璧な悪事にミルヴァナは高揚した。
「なんでぱんてぃ?」
ステファニーがもっともな疑問を口にする。ミルヴァナは理由まで考えていなかった。どう答えようかと悩む。
「えっと……、まるたまちゃんを可愛くしてあげたくて……」
「ステフ、かわいくするー!」
ステファニーになんとか納得してもらい、ミルヴァナはほっと息をついた。ミルヴァナは衣装部屋からステファニーの白いパンティをいくつか取り出して、ステファニーに渡す。
「どれがいいですか?」
「んーと、ぜんぶにする」
そう言ってステファニーはパンティを受け取ると、空き箱の中にそれを入れた。しきりに何度も位置を調整し、出来上がったのはパンティとは思えないほど綺麗な純白のアクセサリーピローだった。
「おはなみたい!」
パンティに施されたレースやフリルがふわふわとして可愛らしい。ステファニーがまるたまちゃんをその上に置くと、まるで既製品のような出来栄えになった。
「すごいです! 奥様」
「かわいぃ!」
ステファニーとミルヴァナは箱の蓋を閉めるとローテーブルの下へと隠した。周りにはたくさんのおもちゃと小物、空き箱などが乱雑に置かれていて、簡単には見つからないだろう。しばらく二人で物ボケしながら待っていると、アベラルドがフィリップを伴ってやって来た。
「これは難しそうだな」
一目見て宝探しの難易度を把握したアベラルドは、少し大袈裟にローズクォーツを探し出した。
「ここか!? 残念。違ったか〜」
「くふふふっ」
わざとらしくステファニーに話しかけながら部屋中を確認していく。ステファニーはくすくすと笑いながらミルヴァナと目を合わせた。アベラルドはしばらく頑張ったが、なかなか見つからない。彼は諦めて素直に教えを乞うことにした。
「ステファニー、ヒントをくれ」
「ひんとってなに?」
「手掛かりのことだ。近い場所を絞って教えてくれてもいい」
そう言われたステファニーはすぐさま正解のローテーブルへ向かった。
「ここだよー!」
ど直球に正解を漏らす。四歳児によくある失敗だった。アベラルドは苦笑しながら、ローテーブルの下から箱を取り出し、テーブルの上に置いた。
ミルヴァナは期待に胸を膨らませた。パンティを掴んだ瞬間に破廉恥だ泥棒だと囃し立ててやるのだ。彼の焦った顔が早く見たい。
アベラルドがそっと蓋を取ると、そこにはローズクォーツの丸玉が入っていた。それを手にとってアベラルドがステファニーへ笑いかける。
「見つけたぞ」
「あはははっ! みつかっちゃった!」
二人は楽しそうに笑い合い、良い雰囲気だった。ミルヴァナは拍子抜けした。彼はパンティには目もくれずにローズクォーツだけをつまみ上げたのだ。
(パンティに興味のない男がいるなんて! 失敗したわ……)
アベラルドはパンティに興味がないわけではない。あまりに出来栄えの良いアクセサリーピローが、まさかパンティだとは気付いていないのだ。彼はそのままステファニーに丸玉を渡そうとして、ステファニーの目の前で丸玉を振った。すると、丸玉は忽然と無くなってしまう。
「あれ? まるたまちゃん?」
ステファニーは呆気にとられ、アベラルドの手を確認したり床を探したりしている。アベラルドは指をぱちんと鳴らすと、握りしめた手のひらをステファニーの眼前に差し出した。ゆっくり開くと、そこにブレスレットが現れた。
「ほわああぁぁぁ! きれい!」
「プレゼントだよ、ステファニー」
アベラルドのどや顔が決まった。格好良くブレスレットを贈ることが出来て満足そうだ。ステファニーはブレスレットを腕にはめ、溜め息をついている。
「おいたん、ありがとう」
彼女は花が咲くように微笑んでお礼を言った。アベラルドは隠し持っていた男性用ブレスレットを付けてご機嫌だ。
「おいたんとおそろいだ!」
「そうだな」
それを見たミルヴァナは悔しがった。あと少しで冤罪にまで持ち込めたのに、二人は幸せそうだ。ステファニーの顔を見ると、彼女はミルヴァナの前まで来てブレスレットを見せてくれた。
「おいたんからもらったの」
「良かったですね、奥様」
ステファニーはミルヴァナの目の前で握りこぶしを差し出した。
「ぱぁんっ」
何やら破裂音のような擬音語を発すると、握りこぶしをゆっくりと開いた。そこにはまるたまちゃんが乗っている。
「これは?」
「ミーナにあげる!」
「え?」
ミルヴァナはステファニーを見つめた。その目はキラキラと輝いていて、ミルヴァナを喜ばせたい一心に満ちていた。確認するようにアベラルドのほうを見ると、彼もミルヴァナに頷き返した。改めてステファニーへ問うてみる。
「くれるんですか?」
「うんっ!」
ミルヴァナはまるたまちゃんを手に取った。暖かい色味のローズクォーツ。不思議と手のひらが熱く感じられた。
「ありがとう、ございます……」
ミルヴァナは掠れる声を何とか整えた。心臓の音がとくとくと音を立てる。
(プレゼント貰っちゃった……)
前にお揃いにしたピンクリボンは貰ったわけではなく、ステファニーの衣装部屋に片付けてある。このまるたまちゃんは正真正銘、ミルヴァナにとって初めてのプレゼントだった。
「あいっ! どういたまして!」
ミルヴァナが余韻に浸っていると、ステファニーはローテーブルに置かれた箱を持ち出してアベラルドへ見せた。
「みてみて、これステフがつくったの!」
「ほう、凄いじゃないか」
アベラルドは箱からアクセサリーピローを取り出して、まじまじと芸術鑑賞を始めた。ミルヴァナは瞬時に気を引き締める。
(今がチャンスだわ!)
彼女は出来る限り大袈裟に取り乱した。
「きやああ、したぎどろぼお〜! おくさまのぱんてぃをかえせ〜」
大根役者がその拙さを晒した。棒読みが耳につくほど酷かった。しかし観客はアベラルドだ。酷い演技でも効果は覿面だった。
「なにっ!?」
彼は怒りに身を震わせ三白眼を鋭く光らせた。筋肉が二割増で膨張し、その体格がさらに屈強に見える。ズシンズシンと足音を響かせて、殺気を放ちながらミルヴァナの目の前までやって来た。アベラルドは過度な重力のように上から威圧する。ミルヴァナは硬直して縮こまった。
「いったい誰だ!? どこの下種がステファニーの下着を盗んだ?」
アベラルドは今すぐにでも血の雨を降らせそうな雰囲気だった。ここで正直に答えなければミルヴァナの命はないだろう。彼女は恐る恐るアベラルドの手を指差して、勇気を振り絞った。
「それ、奥様のパンティです……」
アベラルドは自分の手の中を見た。そこにあったはずのアクセサリーピローは握りつぶされ、布はばらけていた。一筋のレースをつまみあげると、可愛らしい純白のパンティが現れた。
「俺かあぁぁっっ!」
アベラルドはようやく自身の犯行に気がついた。ミルヴァナにパンティを押し付けるように渡し、ステファニーの元へと駆けていく。
「ステファニー、すまない……」
アベラルドは深く頭を下げた。全く言い訳をせずとても潔良いが、これでは罪を肯定したようなものだ。だが、天使のようなステファニーは全てを許した。というより、気にもしていない。
「おいたん、ぱんてぃほしいの?」
「くっ――」
(欲しいっ!! 叫びたいほどに欲しいっ!!)
心中の葛藤の末、紳士であるアベラルドは辛酸を舐める思いで「……ぃらない」と答えた。
「ステフ、ぱんてぃいらないよ。おいたんにあげる」
四歳児の優しさがアベラルドを追い詰める。見た目成人女性が発すると、なんと破壊力のあるセリフか。悪魔の誘惑が彼を揺さぶった。「要らないなら貰っちゃえば?」「いけないわ、破廉恥よ!」心の中の善悪が議論を交わす。ステファニーはそんなアベラルドを無視して続けた。
「ステフ、ぱんてぃはかない」
――ぱんてぃはかない
――ぱんてぃはかない
――ぱんてぃはかない
「ノオォォォォォッッパンンッティィィッ!」
アベラルドの興奮は一気に許容範囲を突破し、彼は逃げだした。残されたステファニー、ミルヴァナ、フィリップは茫然と彼を見送るしか出来なかった。
「おいたんいっちゃった……」
「奥様、いつもパンティ履いてるじゃないですか」
「ステフ、しろははかない。ピンクだけ」
この後暫く、アベラルドはノーパンのステファニーを連日のように幻視した。彼は勘違いしたまましばらくの間、ステファニーを直視出来なかった。そして一緒にいたフィリップは、あえてアベラルドに真実を教えなかった。
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