第7話 復讐その1

 デニスとメリーベルは王都で大量のおもちゃを買い込んだ。全てステファニーへのプレゼントだ。彼らはそれに満足して、数日泊まってから領地へ帰っていった。


「ユニコーンちゃん!」


 ステファニーはユニコーンのぬいぐるみが気に入っていた。小さな頃から好きだったようで、メリーベルがいくつか買い込んだのだ。ミルヴァナはそれを眺めながらステファニーに質問した。


「今日は何をして遊びますか?」

「んーと、んーと、ユニコーンちゃんとあそぶ!」

「かしこまりました」


 今日もステファニーはアベラルドと交流する。本日の遊戯はぬいぐるみ遊びに決まったようだ。今度はどんな悪事を仕込もうか。ミルヴァナが思案していると、ステファニーも何かを考え始めた。


「ピンクのユニコーンちゃん、かわいい。ステフもユニコーンちゃんみたいにピンクにする」


 どうやら着ている服が気に入らないようだ。


「では、お召替えいたしましょう」


 ミルヴァナはステファニーを衣装部屋へと案内した。いつもコーディネートはミルヴァナが決めているので、ステファニーが衣装部屋へ入るのはこれが初めてだ。


「わあぁ〜! すごい!」


 色とりどりの衣装を見てステファニーが感嘆した。真っ先に飛びついたのは淡いピンクのドレスだった。


「かわいぃ」


 ステファニーは目をキラキラさせてドレスを見つめている。ミルヴァナはハンガーからピンクのドレスを外し、ステファニーに当てた。


「お似合いですよ」

「これにするっ!」


 直後、靴や手袋など次々と決めていき、あれよあれよと言う間にステファニーは全身ピンクのコーディネートとなった。


(この極端なコーディネートはなんなの?)


 ミルヴァナは困惑していた。馬鹿なミルヴァナの唯一の得意分野がファッションと美容である。サキュバス時代に研究を重ねた経験が生かされており、女主人付きのメイドになれたのはこの得意分野のおかげだとミルヴァナは思っている。

 しかし時折、ステファニーは突飛なファッションをゴリ押しする。最初はアベラルドへの復讐に利用していたが、それも回を重ねてくると戸惑いの方が勝ってくる。ピンク一色のステファニーは、少々極端だった。


 ――ピンク教。


 幼児が一定の割合で入信すると言われる宗教。

 身につけるもの全てピンクでなければ気が済まず、ピンクは絶対に可愛いと信じて疑わない。派生して青色教や薄紫教などが存在し、まれに大人も入信することがある。ステファニーはピンク教信者となっていた。彼女はピンクのドレスを揺らしながら、ピンクのユニコーンちゃんを抱えてご機嫌だ。


「ミーナ! ミーナ!」

「はい、奥様」

「ミーナもこれにしてっ」


 ステファニーは自身の衣装部屋から別のピンクのドレスを指してミルヴァナへ勧めた。


「ここにあるドレスは全て奥様のものです。私は着ることが出来ません」

「きていいよ」

「大きさが合いません」


 そう言われて、ステファニーはしょんぼりしてしまった。ふいに視線を衣装達へ走らせると、ステファニーは一本のピンクのリボンへ手を伸ばした。


「ミーナ、これ首につけてっ!」

「はい、奥様」


 ミルヴァナはリボンを手に取り、ステファニーの首元を飾ろうとした。


「ちがうよ。ミーナがつけるの」

「私がですか?」

「ん、ピンクがね、おそろいなの」


 ステファニーはにっこりと笑った。


「おそろい……」


 ミルヴァナは初めて他人からお揃いを身に着けようと言われた。何だか心が温かくなり面映い。そっとリボンに指先で触れてみる。


「ステフがつけたげる」


 なぜか嫌な予感がする。そこは丁寧に断ることにした。


「奥様はユニコーンちゃんにつけてあげてください」

「あいっ!」


 ミルヴァナはリボンを手早く身につけ、ステファニーは別のリボンでユニコーンちゃんの首を締めた。酷たらしかった。


「かわいくできたっ! おそろい。くふふっ」


 結局ミルヴァナも手伝うことになったが、二人と一匹のぬいぐるみはお揃いになった。


「ミーナかわいいっ!」


 可愛い、美しい、綺麗……そんなことは聞き慣れていた。サキュバスの力を使って惑わせることで男達は容易くミルヴァナを称えた。でもステファニーは惑ったわけではない。今の彼女は、純真な気持ちしか言葉となって出てこない。それが分かるからこそ、ふわふわして奇妙にくすぐったい。この気持ちは……、たぶん嬉しいのだ。


「ありがとうございます」


 ミルヴァナは小さな小さな声でお礼を言った。


「おいたんもおそろいがいい」


 浮上していたミルヴァナの気持ちが一気に冷えて落ちる。ミルヴァナだけが特別ではなく、どうやら「お揃い」とはピンク教信者の布教活動らしい。


(危うく復讐を忘れるところだった。旦那様を全身ピンクまみれにしてやるわ。奥様を煽りに煽ってやるんだからっ!)


 ミルヴァナは抜かりなく悪事を仕込む。


「旦那様のお着替えをお手伝いなさいませ。ピンクを着ていただきましょう」

「おいたんのおてつだい!」


 これだけではまだ足りない。ミルヴァナは新しい下着のお強請りをステファニーに仕込むことにした。それにより、アベラルドの淫欲を煽る計画だ。


「あら、白いブラジャーしかありませんね」

「しろしかないの?」

「旦那様にピンクのブラジャーを買っていただきましょう」

「んあい! かってもらう!」


 元気よくお返事したステファニーは意気揚々とアベラルドの部屋へ向かった。ミルヴァナは少し絆された気持ちを引き締め直し、ステファニーの後に続いた。



 アベラルドの衣装部屋は混乱の中にあった。


「うわぁぁ〜〜〜ん」


 悲しみに泣くステファニーを前に、アベラルドはどうしていいか分からない。


「どうした? どこか痛いのか?」

「うわぁぁ〜〜〜ん! ビングゥゥ〜〜!」


 ステファニーはさっきからまともに話せない状態だ。こういう時に頼りになるフィリップも、さすがに原因が分からない。フィリップはミルヴァナに視線を送り、説明を促した。ミルヴァナは仕方なく事の次第を説明する。


「旦那様の衣装部屋にピンクのお召し物が無かったので、奥様は悲しんでいらっしゃるのです」

「ピンク?」


 この説明を聞いてもアベラルドは状況を理解出来ない。ピンク教信者でない者は、彼女達のピンク愛を理解出来ないのだ。


「どういうことだ?」

「旦那様にピンクを身につけていただいて、お揃いになりたかったのです」

「おそろいだと?」


 ――ペアルック。


 代表的な恋愛登竜門の一つ。共通する特徴の物を身につけ、お互いの存在を確かめ合う恋人同士の装い。アベラルドは興奮した。ピンクを着たことはなかったが、ステファニーとペアルックをしてみたい。


「ステファニー、服を仕立てよう」

「んん!?」


 従僕のフィリップは耳を疑った。目の前に居るステファニーはピンク教信者であり、ピンク一色だ。それとお揃いになるために服を仕立てるということは……。

 ピンク一色の夫婦が爆誕する――

 ……

 …………

 ………………

(面白いじゃないかっ!)


 それはそれで悪くない。むしろ早くしろとフィリップは思った。アベラルドは脳内がピンクと言っても過言ではない。現在は中身と外見のギャップが凄まじいが、それが是正されるなら歓迎する。


「ふぅ、さすがに駄目か」


 フィリップとしては放っておきたいが、ここで止めなかったら家令のサミュエルに嫌味を言われる。フィリップは仕方なく対処することにした。


「奥様、ローズクォーツをご存知ですか?」

「うわぁぁ〜〜〜ん!」

「ピンクの美しい水晶です」

「ぐすっ……ビング?」


 ステファニーはおずおずと顔をあげ、フィリップの言葉に耳を傾けた。威圧しないようにフィリップは爽やかな笑顔を作る。


「ピンクの可愛らしい石ですよ。ローズクォーツは恋愛成就の力を秘めた石なのです」

「なんだとっ!」


 今度はアベラルドが食いついた。もちろん、フィリップの計算通りだ。


「お二人でローズクォーツのアクセサリーを作ってはいかがですか?」

「アクセサリー……」


 アベラルドが迷っている。ここでフィリップは止めのひと押しを放つ。


「ペアブレスレットは恋人同士に人気ですよ」

「よし、作ろう!」


 ただのペアルックではない。恋人同士に人気の恋愛成就の力を秘めたペアブレスレットなのだ。特別感が半端ない。これは何としても手に入れなければならない。アベラルドは燃えていた。


「では彫金師を手配いたします」

「ああ、頼む」


 後日にペアブレスレットを作ることになった。アベラルドは満足しているが、ステファニーはいまいち消化不良だ。ペアブレスレットの完成形が想像できず、ピンとこないのだ。先程よりは落ち着いたが、頬を膨らませてむっとしている。


「ご不満ですか? 奥様」


 ミルヴァナはムシャクシャした気持ちで、ステファニーに声をかけた。アベラルドをピンクまみれにすることが出来なかったからだ。そのうえ、ペアブレスレットの話で盛り上がり、全く面白くない。


 ミルヴァナの一言でアベラルドがステファニーの様子を伺う。確かに不満そうにむくれていた。アベラルドは心配してステファニーへ歩み寄った。


「ステファニー、まだ何かピンクが欲しいのか?」


 ミルヴァナは気がついた。今こそ事前に仕込んでいた悪事を働かせるときだと。ミルヴァナはアベラルドに聞こえないようステファニーに耳打ちした。


「奥様、白しかなかったアレをお願いしてみてはいかがですか?」

「あ! そうだった!」


 途端にステファニーの目がキラキラと輝きだし、アベラルドを見つめた。


「おいたん、おっぱいのアレがほしいっ」

「おっぱいの、アレ……」


 ――おっぱいのアレ

  ――おっぱいのアレ

   ――おっぱいのアレ


「ピンクのやつ!」

「ピンク……」


 ――おっぱいのピンクのアレ

  ――おっぱいのピンクのアレ

   ――おっぱいのピンクのアレ


 アベラルドの脳内でおっぱいが揺れてはステファニーの言葉が響く。彼はごくりと生唾を飲み込んだ。


「……欲しいのか?」

「ほしいっ!」


 アベラルドは羞恥のあまり耳まで赤くなった。おっぱいのピンクのアレとは間違いなく乳首のことだ。幼児が乳首を欲しがる理由など、アベラルドは一つしか思い浮かばなかった。


 ――母乳である。


 乳離れしているとはいえ、四歳児でも母乳を欲しがることはあり得る。義母も乳母もいないとなれば、代理としてミルヴァナが考えられた。


 アベラルドの脳内で魅惑の百合の園が花開いて、ふわふわとた心地になる。ソファの上に重なるように横たわるミルヴァナとステファニー。ステファニーはミルヴァナの豊かな膨らみに顔を寄せた。ミルヴァナの柔らかそうな乳房を欲しがるように、ステファニーが衣服を胸元から引き下ろす。そうしてステファニーがしゃぶりつく先は――


『奥様、いけません』

『おいしそう……』

『ああっ!』



「それだけはいかあぁぁーんっ!」

 授乳が目的とはいえ、自分の妻が他人の乳首を吸うなど許せない。アベラルドは決意した。彼は一つ一つシャツのボタンを外し、その逞しいおっぱいを晒した。頬を染め、乙女のように恥じらう。


「俺のでいいか?」

「良くありません。旦那様」


 フィリップがそっとシャツを戻した。


「お気を確かに」


 今までにないほどフィリップの視線が生暖かい。ステファニーとミルヴァナはきょとんとした顔をしている。フィリップはミルヴァナに質問した。


「奥様は何を所望されたんだ?」

「ピンクのブラジャーです」

「な、な、なんだとおぉぉぉっ!!」


 ――ズウゥゥン


 アベラルドは仰け反るように倒れ込み、羞恥に悶えた。彼は何を考えてシャツを脱ぎだしたのか、ミルヴァナは理解出来なかった。しかし結果はよく分かった。ミルヴァナの大勝利だ。彼女はニヤニヤが止まらなかった。

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