第3話 サキュバスの呪い、後編
傷を負ったサキュバスは這う這うの体で逃げ出した。魔王軍は助けてくれない。魔族はただ魔王に使役されるだけで、使い捨てなのだ。ゆっくりと衰弱していくなかで、サキュバスは悔しがった。
(淫欲が
アベラルドの愛はピュアだ。だが彼も人間なので淫欲は持っている。もしも、愛する女が淫欲すら受け入れない本物のピュアな存在となったら、英雄の淫欲はどうなるのか? そう考える間にサキュバスは腹の底に溜まる澱みを感じた。次第に澱みは増していき、サキュバスは淫魔の力を使って呪いを生み出していた。こうして、淫欲が晒される初夜に、ステファニーの精神が
サキュバスはその後、アベラルドへの恨みを糧に歩き続けた。ついには隠れ蓑に使っていた貴族の家に到着し、治療を受けることが出来た。彼女は養生し回復したが、サキュバスの力は呪いで使い果たしてしまった。
そして今、貴族のコネを使ってステファニー付きのメイドに収まっている。ロングスカートのお仕着せを着ていても溢れ出る艶めかしさ。艶のある藤色の髪が揺れるだけで、周囲の男達は視線を奪われるほどだ。サキュバスの力を失おうとも、その色香は健在だった。
「ふふふっ。計画通り」
ミルヴァナは不敵に笑う。彼女の復讐はこれから始まるのだ。ミルヴァナは朝からステファニーの髪を結いながら、ついうっかり本性を出してしまった。しかし相手は四歳児(精神だけ)なので、何も疑われることはない。
「ミーナ、みつあみして」
「はい、奥様」
「みつあみ、よんこして」
三つ編みが四つ――明らかに過剰装飾である。数が多ければ格好いいと錯覚している幼児に良くある傾向だった。このまま三つ編みを四つも編んでしまうと、バランスが可笑しくなって可愛くない。普通のメイドなら綺麗にまとまる髪型を提案し、女主人を上手く誘導して仕上げるだろう。しかし、ミルヴァナは復讐のためにここに居る。そんなことはするはずも無い。ミルヴァナはその色っぽい瞳を細めると、妖しく微笑みながら囁いた。
「五つにいたしましょう」
これぞ悪質な煽り。無垢な幼児を調子づかせ、痴態へと誘導するのだ。
「いつつってなんこ?」
「五個でございます」
「ごこー!」
ステファニーは全身で喜んだ。
ミルヴァナは左右の上下に一つずつと頭頂部に一つ、三つ編みを施した。
「すごいすてきぃ」
四歳児には素敵に見えるらしい。触覚のように揺れる三つ編みが五つもあり、異様な光景だった。これは是非ともアベラルドに見せなければ、とミルヴァナは考えた。妻の痴態を晒すことで、呪いの深刻さと己の罪深さを思い知らせるのだ。精神的に追い詰められたアベラルドを想像して、彼女はニヤニヤしてしまった。
「今日の午前中、奥様は旦那様と一緒に過ごす予定です。朝食も一緒にお召し上がりになりますか?」
「ちょーしょく?」
「旦那様と一緒に朝ごはんを食べますか?」
「あいっ! おいたんとあさごはん!」
ステファニーはネグリジェ姿のまま、外に出ようとした。
「奥様! お待ちください。お召替えが済んでおりません」
そう言ってミルヴァナは気が付いた。着替えをする前に髪型を整えてしまったのだ。衣服を着脱する間に綺麗な三つ編みがほどけてしまう。
「仕方ありません。そのままで行きましょう」
「はぁい!」
ミルヴァナはステファニーと共に食堂へと向かった。
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