第16話 朝

かなえ「私・・」

引き屋「えっ」

「私、不安なんです。ものすごく完璧に守られて、何にもストレスないはずなのに、めちゃくちゃ不安なんです。もうどうしようもないくらい不安なんです。ほんとに深夜に一人でぽつんと起きていると、本当に気が狂うんじゃないかってくらいほんと不安になるんです」

「・・・」

「もう、孤独にはなれたんです。もう、何も感じないんです。むしろ一人の方が良いくらいに思っているんです。でも・・、でも、時々、堪らなくなるんです。なんかもうすごい何かぐちゃぐちゃで堪らない気持ちになるんです。もう辛いのか苦しいのか悲しいのか寂しいのか不安なのか絶望なのか、あまりにぐちゃぐちゃでもう訳分からないんです。本当に堪らなくなるんです。もうどうしていいのか分からないんです。堪らない、本当に堪らない、言葉にできない堪らない感じになるんです。絶望の底の底の底なし沼に落ち切って、でもまだその底で死ねなくて、そのまま苦しみ続けてるみたいな、堪らない気持ちになるんです」

「僕もです。いつもがんばってがんばって生きてんだけど、ふとしたある時なんかに、なんか堪らない言葉にできない感情が、心の奥の方から突き上げてきて、もうどうしようもなくて、なんだかもう・・、壊れてしまいそうで・・」

「・・・」


 沈黙・・


かなえ「青春なんて欠片もなかった・・。でも、もしかしたらあったはずの青春なんかを想像しちゃうんです。もしかしたら、もしかしたらあったはずの私の楽しい人生・・。そんなことをつい、考えちゃうんです。考えなきゃいいんですけど、でも、考える時間だけはいっぱいありますからね。つい考えちゃうんです。そんなこと。そうすると、堪らなくなるんですよ。あの時ああすれば、ああ言っていれば、友だちも出来て、恋人も出来て、とか、まあ、ありえないんですけど、でも、考えちゃうんです。私がもっと違う人間に生まれていたら、もっと社交的で、見た目もきれいで、そんな人間に生まれていたら・・」

「・・・」

「でも、でも、目の前には、やっぱり何もない絶望の広がる茫漠とした現実しかなくて、青春なんてその温かみすら感じることが無くて・・、なんて悲しいんだろうって、私の人生・・」

引き屋「・・・」

「悲し過ぎますよね。私の人生・・」

「・・・」


 沈黙・・


かなえ「・・・」

引き屋「・・・」


 沈黙・・


引き屋「僕は二回、本気で死のうと思ったことがあるんです」

かなえ「・・・」

「ビルの屋上に立ったこともあるんです。ロープを部屋の柱にかけたこともあるんです。でも、怖くて、うううっ、怖くて、死ねなかった・・、ううううっ」

「泣かないでください。私も泣けてきます」

「屋上まで行ったんですよ。でも、そこから下を見て、飛び降りることなんてできなかった」

「・・・」

「すごく高くて、足がすくんで、怖くて・・」

「・・・」

「惨めですよね・・」

「・・・」

「くそうぅ、なんで生まれて来たんだよ。なんで俺なんて生まれて来たんだよ。くそうぅ、くそうぅ、何やったって俺は幸せになんかなれないんだ。俺なんか。どうあがいたって何も成し遂げられないんだよ。誰も認めてくれないんだよっ」

「叫ばないでください。ただでさえ、ご近所から不審な目で見られているのに」

「くそぅ、くそぅ、うううっ(涙)」

「泣かないでください。私まで泣けてきます」

「ほんと、くそぅですよ。なんで俺なんて生まれて来たんだよぉ」

「もう、私も、もう叫んじゃいます。くそぅ、なんで私なんて生まれて来たんだよ~」

「死ねないし、生きられないし、どうしろっていうだよぉ~」

「どうしろっていうんだよぉ~」

「はあはあ」

「はあはあ」


 二人の荒い息・・


かなえ「心の底から求められたい。必要とされたい・・。人や社会から必要とされたい・・、ううっ(泣く)」

引き屋「ううっ・・(泣く)」

かなえ「愛されたい。愛されたいです。みんなにやさしくしてもらいたいです・・、ううっ(涙)」

引き屋「うううっ、僕も愛されたいよ・・、人から愛されたい。堪らなく愛されたいよ(涙)」

かなえ「うっ、うっ(涙)」

引き屋「ううっ、ううっ(涙)」



 長い沈黙・・



 チュンチュン


引き屋「・・・」

かなえ「・・・」


 チュンチュン



引き屋「あっ、朝だ」

かなえ「・・、あっ、本当ですね。カーテンの向こうが明るくなってる」

「もう、朝になっちゃったのか・・」

「はい・・、雀も鳴いてますね」

「・・・」

「・・・」

「なんか、夜通ししゃべっちゃいましたね」

「はい、しゃべっちゃいましたね」

「なんだかんだ言って・・、結局、同じ結論に達する出口のないトンネルをぐるぐる回っているだけでしたが・・」

「ええ、永遠回しのように同じところをぐるぐると・・、不安の無間地獄を彷徨いましたね」

「うん・・」


 沈黙・・


引き屋「すみません。僕何しに来たんでしょうね。ほんと・・」

かなえ「いや、もう今さらそれは大丈夫なんじゃないですかね・・」

「なんかほんと死にたくなってきましたよ・・(がっくり)」

「・・・」


 沈黙・・


かなえ「・・、みんな普通の人たちはこれから、学校に行ったり仕事に行ったりするんでしょうね・・、きっと・・」

引き屋「うん・・」

「・・・」

「・・・」

「みんな普通の一日が始まるんですね(カーテンを開ける)」

「うん・・、普通の日常があるんだろうね。僕たちの知らない・・(明るい窓の外を見つめる)」

「でも、朝っていいですよね。私好きです」

「そうですね」


 沈黙・・


引き屋「じゃあ、今日は・・(遠慮がちにぼそり)」

かなえ「はい」

「なんか、ごめんなさい」

「いえ・・」


 沈黙・・


引き屋「お疲れさまでした」

かなえ「はい、お疲れさまでした」

「あの・・」

「はい?」

「あの、・・」

「・・・」

「あの、また来てもいいですか」

「・・・」

「また、会ってくれますか」

「・・・」


 沈黙・・


引き屋「いや、あのいやらしい意味じゃなくて、話が、その・・」

かなえ「はい」

「えっ」

「はい、私も話がしたいです」

「ありがとう」

「こちらこそ、今日はありがとうございました。・・、なんかよかったです」

「えっ」

「終わってみたらなんか良かったです。なんかすっきりした気持ちです(笑顔)」

「うん・・(微笑み)」

「ほんとです(笑顔)」

「うん、ありがとう(笑顔)」

「はい」

「うん」

「はい」

「・・・」

「・・・」

引き屋「じゃあ(立ち上がる)」

かなえ「はい」

引き屋「うん」

かなえ「気を付けて(右手を上げる)」

引き屋「うん、ありがとう(右手を上げる)」



 朝日が昇り、二人の住む街を薄っすらとやさしく今日も照らし出していく・・

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戯曲・引きこもり少女かなえvs引き出し屋 ロッドユール @rod0yuuru

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