第13話 自責の念地獄

「話変わりますけど、本当の引き出し屋ってあるじゃないですか」

「うん、あれめっちゃ怖いね。引き出し屋の僕が言うのもなんだけど・・」

「めっちゃ怖いですよね。引きこもりにとって、世界で最も恐れる存在ですよね。秋田の子どもたちにとってのなまはげというか・・」

「うん、怖いよね。あれはほぼ拉致でしょ。強制連行だよね」

「うちの親とかああいうとこ電話しそうな人たちなんですよね。実際、あなた呼んでるし」

「うわっ」

「うわっ、ですよね・・。それでも、自分たちではしっかりしているつもりなんですよ。でも、やっぱり昭和の人たちだから、現代の歪さとか汚さとか全然分ってないんですよ。昭和のなんかちょっとぬるいみんな仲良くみたいな地域共同体の感じのまま時間が止まってるっていうか、田舎の人なんで、その辺の感覚がまたほんとぬるいんですよ。性善説に立ち過ぎているというか・・、そういう感覚で私たちの世代を見ているんで、思いっきりズレてるんですよね・・」

「それはきついね。僕も引きこもってる時、引き出し屋呼ばれたらどうしてたんだろう。想像しただけで怖いな」

「引き出し屋がこの部屋来たら、絶対その場で舌嚙み切って死にますよ。死ねないけど・・」

「ほんと追い詰められるね。引きこもりでさえもう安住ではないという。社会の厳しさの魔の手はどこにでもやって来るという」

「はい、ひっそりと社会の片隅で生きているだけなのに、それすらがもう許されない感じですよね。溺れて溺れてやっとたどり着いた無人島が、さらに波にさらわれて小さくなっていく感じ」

「それめっちゃいい例え」

「親はほんと子どものこと全然分かってないんですよ。もちろん小さい頃から一番近くで見ているから、私のこと一番よく知っている存在なんですけど・・、でも、同時に近すぎて一番分かっていない存在でもあるんです。世代間ギャップもあるし、時代も全然違うんですけど、それも全然分かってないんです。特に社会の変化って、ここ数十年でものすごい勢いで変わっているじゃないですか、でも、うちの親は昭和で止まってるんですよ。どうしても原体験て大きくて、二人の時代ってやっぱり、昭和で止まってるんですよね。昭和の古き良き、みんな仲良く、助け合って生きていきましょう的な緩く温かい人間関係で今も止まってるんです。今の厳しい競争格差意識の強い殺伐とした人間関係なんか全然分かってないんですよ。未だに、中学とか高校の同級生とかと付き合いがあって、時々遊びに行ったり飲みに行ったりしている人たちなんですよ。だから、友だちのいない私に、なんであなたは同級生を大切にしないの?なんて平気で言えちゃうんですよ。私が友だちになるのを拒んでいるみたいに思っているんですよ。ものすごいトンチンカンな事実誤認を平気でするんですよ。そんな人たちと何を話せっていうんですか。もうそこがベーリング海峡レベルで分断された渡れない距離なんですよ」

「そうだね。それ分かるなぁ」

「でも、その感じが伝わらなくて、分かってもらえなくて、もう喧嘩ばっかりで関係はこじれていくばかりで、でも、私は家を出て行けないし、やっぱり、親と子って、親と子で、どんなに憎しみあっても、やっぱり、離れられないというか、どうしようもなくて、それがまた辛くて・・」

「そう、すんごいこじれていくのね・・」

「すっごいうっとうしくなるんです。お互いの存在が、でも、やっぱり認められたいんですよね。子どもって、お父さんやお母さんに」

「うん・・、そう、でも、親が理想とする存在なんかになれるわけないし・・」

「はい・・、それが辛いんです・・、でも、それがほんと分かってもらえない・・、それがまた辛いんです・・」

「うん・・」

「親は私のこと我がままに好き勝手生きてるって思っているかもしれないけど、でも私は、毎日毎日、考えることって、なんて自分はダメなんだろうって、そればっかりなんですよ。お父さんごめんなさい。お母さんごめんなさい。こんなダメな娘でごめんなさい。まともに学校行けなくてごめんなさい。働けなくてごめんなさい。まともな人間になれなくてごめんなさい。そればっかり。自責の念地獄ですよ。毎日毎日そればっかり」

「働いてても一緒ですよ。正社員じゃなくてごめんなさい。こんなダメな息子でごめんなさい。結婚できなくてごめんなさい。そればっかです」

「今はもう二人とも半分諦めてくれてるからまだ楽ですけど、時々、やっぱり、ちゃんとしてくれって顔するんですよね。それが堪らなく辛いんです」

「分かる。うちも半分諦めてるんだけど、葬式なんかの親戚とかみん集まる時なんかに親戚のおばちゃんが軽い感じで、何気なく悪気なくさ、本当に軽い感じで息子さん結婚してるんですかって、うちの親に訊いちゃってさ、もうなんかその場が一瞬ですごい空気になっちゃって、両親なんか、なんかものすごいがっかりした感じでうなだれちゃって、それがもう堪らなくてね。ほんと死にたかったよ。っていうか消えたかったよ。その場で、この世の全てから。僕が存在したこと全てが消えて欲しかったよ」

「それ辛いですね。私はそうなるのが絶対分かるからそういう場面にすら行けませんよ。怖くて」

「うん、僕ももう行けなくなった。その一回で完全ノックアウト。しかもさ、その親戚のおばさん滅茶苦茶空気読めない人でさ。そこからさらにさ、息子さん今お仕事何されてるんですか?ってまた訊くんだよ。空気読めよな。分かるだろって、ただでさえ、すごい空気なってるのにさ、もううちの両親なんか、頭ポロっともげちゃんうんじゃないかってくらいうなだれちゃって。もう、その場は、何とも言えない、いたたまれない針の筵みたいな空気ですよ。ちゃんと働いているわけだけど、俺なりにがんばってるわけだけど、でも、いい年してアルバイトって、世間はそんなの絶対認めないしさ、だから、やっぱ傷つくよね。認めてくれってわけじゃないけどさ。でも・・、確かにさ、世間に面と向かって威張れるような仕事じゃないけどさ・・」

「私もこのままじゃだめだと思って、バイトしたことあるんです。私的にはもう、猛獣のいる未知のジャングルに一人で探検行くくらいの、勇気振り絞ってのアルバイトだったのに、でも、両親にはそれが全然伝わってなくて、まあ、働かないよりはいいかぐらいの感じで、しかも結局二週間で辞めちゃって、やっぱダメかって、でも、私的にはよくがんばったって思ったんだけど、でも、それも両親には全然伝わってなくて、ああ、やっぱダメかって感じで、ものすごいがっかりされちゃって、母さんなんて泣きだしちゃうし、それが辛くて、結局そのまま、次のバイトとか出来なくて・・、親のせいにするわけじゃないけど、でも、辛くて・・」

「やっぱ、なんだかんだ言って、子どもって親に認めてもらいたい欲求ってすごく強いんだよね。それはもうどうしようもない。そんなの関係ねぇって思っても、でも、だめなんだよね。親は親で子どもに期待しちゃうし・・、お互いね・・」

「親って、無言で子どもを否定してきますよね。何も言ってないんだけど、口ではいいよいいよ好きに生きなとか言ってくれるんだけど、でも、目の奥でダメって思ってるの思いっきり分かるというか・・、目の奥ではやっぱりいい大学行って、ちゃんと就職して、結婚して欲しいって思ってるのがありありと見えるんですよね。でも、それ言っても、あんたの被害妄想でしょ?みたいになっちゃう。親自身そのことに自覚がないから話にならないし」

「そう、親に自覚がない」

「でも、多分うまいこと人生いったとしても、親の望む通りどっかの大企業の社員とかなれても、公務員とかなれても、でも結局、そこでの人間関係とか、ストレスとか、負荷の高い仕事とか、そういうのとか絶対耐えられないし、耐えられたとしてもかなりきつい人生ですよね。過労死とか、過労自殺とかよくニュースになってますもんね。私そこまで行けたとしても、結果的に絶対そこに行く気がする」

「僕なんかバイトレベルで、自殺しそうになってるからね」

「私も絶対今の社会に適応できる自信ないです。実際学校レベルでできてませんし・・」

「めちゃくちゃ競争社会だからね。基本、ブラック労働ばっかりだし」

「私最近思うんです。今社会に適応できている人たちだって、本当のところで幸せなのかって、分からないよなって」

「うん、僕のバイト先の店長なんかこの前、鬱で辞めちゃったもんね。なんか、結構しっかりした人なんだよ。ちゃんと大学とかも出てるしさ、結婚して、奥さんも小さい子どもなんかもいてさ。バイトのメンバーとも気軽に話とかできちゃう人でさ。そんな人ですらが病んじゃうんだもん」

「厳しいですよね。どう転んでも」

「うん、どっちみち厳しい。引きこもろうが外に出ようが・・」

「ほんと生きてく道がない・・」

「ないね・・」


 沈黙・・


「やっぱり・・」

「死・・」

「・・・」

「・・・」


 沈黙・・


「なんかほんと希望が無いですよね・・」

「うん、生き方がないんだよね・・」


 沈黙・・


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