第9話 上がれそうで上がれない格差と階級
引き屋「でも・・」
かなえ「どうしたんですか」
「でも、なんか僕たち、めっちゃ盛り上がってるよね・・」
「そ、そうですね・・、なんか興奮しちゃいましたね」
「普段絶対共有出来ない思いを思いっきり共有できている。なんか喜びすら感じているよ。なんか、引きこもり経験者どうしだけの何か特殊な共感と高揚感だよね」
「そうですね・・、嫌な共感と高揚感ですが・・」
「普段絶対こんな思い共有できないもんね。言ったとたん、完全否定されるか、思いっきりドン引きされるかだもんな」
「絶対そうですね・・」
「・・・」
「・・・」
沈黙・・
かなえ「話は盛り上がりましたけど・・」
引き屋「うん・・」
「なんかこのそこはかとない虚しさ・・、結局、私たちが絶望的状況だって確認し合っただけですよね。結局・・」
「そうなんだよね・・、ものすごく話をした割に、何も発展的話は出来ていないという・・」
「・・・」
「絶望を思いっきりお互い上塗りしただけという・・」
沈黙・・
かなえ「・・・、絶望からの一発逆転とか絶対ないですよね・・。それにあったとしても有名人になって人前出るって、それが無理だし・・」
引き屋「そうそう、そうだよね」
「でも、テレビとかではそういう人とか出てくるじゃないですか。昔はダメだったけど、今は成功してみたいな。今は立派になってますみたいな。ああいうの見てると自分もなんかそういう可能性ありそうな気がしてくるんですけど、絶対ないですよね。ほとんど宝くじレベルですよね。あれって。でも出来そうな気がするから質が悪いというか」
「そう、絶対無理だよね。一発逆転。現実にはほぼありえない。でもありえそうな幻想をヒラヒラと目の前にちらつかせてくるんだよね。テレビとか雑誌とか」
「そう、努力すればなんとかなる的な・・」
「ほんとそのことの罪って大きいと思うよ。希望と絶望ってセットなんだよね。変に希望を持つと絶望も深いというか。そういう出来そうで絶対できない、達成できそうで絶対達成できないっていう幻想ゲームの中で踊らされて、余計絶望の深みにはまっていくんだよね。今の世の中って」
「そう、手が届きそうで絶対届かないんです。大多数の人は。しかも周りはそのことが分からないんです。特に人生ある程度うまくった人たちは。あいつが出来たんだから、お前も見たいな論理で迫ってくるんです。お前もがんばれみたいな。がんばればああなれるって、お前は努力が足りないんだって、真顔で言ってくるっていうか」
「そう、それがまた辛いんだよね。説明してもそういう人って絶対理解できないし、理解しようともしないし、俺たちみたいな立場の人間のことなんか、普通の人は絶対経験ないからね・・」
「そうですよね・・、絶対理解できませんよね・・」
「結局、テレビとかマスコミとか出てる元引きこもりとかって、みんな辛かったけど今は幸せ、社会に適応してますとか、何かを成し遂げました、立派ですって奴ばっかりなんだよ。そういうのがさ、偉そうに、訳知り顔で辛かった過去とか語っちゃってさ。今も辛くて這い上がれない奴はいっぱいいるのにさ」
「はい、そういう人の方が圧倒的に多いはずなんです」
「一回こういう流れに落ちちゃったら、大多数の人間はもう這い上がれないんだよ。這いあがれそうで全然上がれない。上から見ている人たちは、かんたんに上がれるだろうって、思うんだけど、実際溺れてみると、全然上がれない。上がれそうでいて全然上がれない。上がれる人もいるんだけど、でもそういう人はごくごく一部で、すごく運が良いんだよ。実際、這い上がれる奴なんて、ほとんどいない。落ちたら落ちっぱなしなんだよ。永遠に底辺で溺れ続けるんだよ。その底辺でさ、上に届きそうな感じを煽られて、変に夢や希望を追いかけちゃってさ、しかも、それで、這い上がれないならまだしも、結局、なんか夢ビジネスとかモラトリアムビジネスで金取られるとか、カルト宗教かなんかにだまされるかされちゃって、余計悲惨をこじらせるという・・。僕らの末路って・・、ほんと重ね重ね悲惨なというか、哀れというか・・」
「そうなんです・・」
「そもそも設定がもう無理なんだよ。どんなに努力したって、結局、上のポジションなんてパイが決まってるじゃない。格差社会はピラミット型になってて、上に行けば行くほど狭く小さくなっているのにさ。しかもそこはもうすでにがっつり居座ってる奴がいるわけでさ。そこをさ、結局圧倒的下の層が支えているのにさ。形がそもそもそうなっているのに、仕組みがそうなってるのに、上に上がれないのはお前の努力が足りないとか言われちゃうんだもん。もう、たまんないよ。どんだけ理不尽なんだよ」
「ほんとそうですね・・」
「現実はもう格差なんてもんじゃなくて、階級なんだよ。もはや固定化された生まれながらの階級なんだよ。決して乗り越えることのできない。絶対的階級なんだよ。階層なんだよ。差別なんだよ。僕なんかもう見た目で、ダメだもん。もう、見た目で、初対面で、もう、あなたはダメですって、あなたは違いますって言われちゃうんだもん。あなたは私たちの仲間じゃありません。違いますって、あっち行って下さいって。それもはっきり言われるわけじゃないんだよ。目とか表情とか態度とか、そういう微妙な空気感で、否定されちゃうんだよ。あなたはダメですって。あなたは私たちの階級じゃありませんって、あなたは、こっち側の人間じゃありませんて、言われちゃうんだよ」
「分ります。それ。痛いほど分ります。あなたは、こっち側の人間じゃないって、毎日毎日、ビシビシ突き付けられる感じ。はっきり言われる以上に辛いんですよね。はっきり言われないから、それを言葉にすることも出来ないし、説明することも出来ない。下手すると、被害妄想とか言われちゃう。でも、それは確かに確実にあるんですよ。暗に否定されるんですよ。私という人格を、存在を、私の全てを」
「そう、実態がないようで、でも絶対にあるんだ。空気として、確実にある。でも、言葉にできないし、言葉にしても誰も理解してくれない。だから、だから、逃げるしかないじゃないか。戦ったって誰も、その問題自体を理解してくれないんだから、もう逃げるしかないじゃないか。そして、どこに行っても、誰といても、それは付きまとうんだ。だから、だから、逃げて逃げて、結局、引きこもるしかないんじゃないか。安全な場所がここしかないんだから。引きこもるしかないじゃないか(叫び)」
「・・・」
「もうどうしろって言うんだよ。どうしようもないんだよ。下層階級の人間が、絶対勝てない戦を毎日させられて、傷ついて、傷ついて、傷ついて、それでもがんばってそれでも・・、うううっ・・、それでも俺が悪いのかよ・・うううっ(涙)」
「・・・」
「それでもがんばって、でも、そのことすら誰も理解してくれなくて・・、うううっ」
「・・・」
「うううっ・・」
「・・・」
沈黙・・
引き屋「最近思うんです。ほんとに自分で選んだのかって、ほんとに自分でこの人生選んだのかって、自分でこの生き方選んだのかって(ぼそり)」
かなえ「・・・」
「だって、小さい時からお前はダメだダメだって、無言の圧力で否定され続けたら、自信もなくなるし、やる気だってなくなるし、人も怖くなるし、心も病むし、そうなったらもう戦うとかそれ以前の問題じゃない。結局だから、もう逃げるしかないじゃない。戦ったってそんなの絶対勝てないし、戦い続けて精神病んで、もうそれどころじゃなくなるし。自殺したら意味ないし。だから、逃げて逃げて、引きこもって、でも、それじゃあまりに辛いから、外に出て、でも、結局今みたいな生き方しか残ってないから・・。社会の底辺であがいて蠢いて・・」
「・・・」
「だから、自分で選んでいるようで、選ばされているというか、追い込まれているだけのような気がするんだよね。でも、何度も言うけど、こんなこと言っても、誰も世間一般の人たちは聞いてくれないし、分かってくれないし、それどころか批判されるのがオチなんだよ。言い訳すんなって。負け犬の泣き言ぐらいにしか聞いてもらえないんだよ。ほんとどこまで行っても救いのない世界だよ。滅茶苦茶、とことん追い込まれるんだよ。もうやだよこんな世界。もうどこか外国の誰も知らない世界に行きたいよ(叫び)」
「・・・」
「ほんと、自分で選んだんじゃないんだよ。追い込まれて追い込まれてここに辿り着いたんだよ。こんなとこ嫌に決まってるだろ。努力だってしたよ。ここから抜け出そうって、滅茶苦茶がんばったよ。がんばったよ。俺なりにがんばったよ。俺だってがんばってんだよ。やり方間違えてるのかもしれないけど、がんばってんだよ。自己責任だって、ビシバシ感じてるよ。でもどうしようもないんだよ。誰も底辺の人間の言うことなんか聞いてくれないもん。親でさえそうなんだよ。誰も味方になってくれる人いないんだよ。味方どころか敵ばっかだよ。どんだけ厳しいんだよ。この社会。努力とか言うけど、ほとんどの価値観が、生まれながらだけじゃないけど、でも、ほとんど生まれながらに等しいんだよ。見た目とか才能とか、コミュニケーション能力とか、性格とか気質とか、頭の良さとか運動能力とかさ、そんなのほとんど生まれながらの能力とか気質なんだよ。それをさ、いつの間にか努力で何とでもなるみたいな幻想が出来てそれをみんなが信じるようになっててさ。それが現実になっちゃって、努力すれば何とかなるみたいな空気になってさ、しかもさ、能力があるから努力するんだよ。可能性を感じるから努力するんだよ。可能性もないのに努力する奴なんて、それが本当に好きな奴だけなんだよ。しかも、好きになるってこと自体が、自分の意思じゃないじゃない。何かを思いっきり好きになったり嫌いになったりって、意思でコントロールなんかできないじゃない。そういうのって出会いじゃない。偶然じゃない。それなのにさ、それがない奴は、なんか自分が悪いみたいになってさ。なんか滅茶苦茶おかしいんだよ。おかしいのにその幻想をみんなが信じてるからそれが現実になっちゃってるんだよ。だから努力努力って言い出すんだよ。でも、努力だけじゃ、絶対無理なんだよ。抜け出せそうで、絶対抜け出せないんだよ。努力すれば上に行けるとか変われるとか言われても、絶対無理なんだよ。これは固定化された絶対的な階級なんだよ。俺たちはどこまで行っても下層階級なんだよ(叫び)(鼻水垂れる)」
「ほんと厳しいです。でも、この厳しい世界を、心病もうが何だろうが、がんばらないと、勝ち抜かないと、生きていけないんですよ。認めてもらえないんですよ。自分の立場がないんですよ」
「社会を批判しても、社会のせいにするなって、また努力根性論出てくるし、ほんと逃げ場がない。徹底的に追い込まれるんだよ。だから逃げるんだよ」
「ほんと追い込まれますよね。だから逃げて逃げて私たちはここにいる・・」
「外に出れないほど人の心を追い込むってどんな社会なんだよ。狂ってるよ」
「はい・・」
「努力努力って、そもそも務力する土台が平等じゃないじゃない。スタートラインが違うじゃない。全然違うじゃない。顔が良い奴と俺じゃ、全然みんなの態度違うんだもん。顔の良い奴は、なんにもしてないのに無条件にみんなからやさしくされるし、尊敬されるし、愛されるしさ、守ってもらえるしさ。でも、俺なんかいきなり仲間はずれからスタートだよ。キモイからスタートだよ。バカにされるところからスタートだよ。笑われるところからスタートだよ。油断したらいじめられるって所からスタートだよ。地獄の底からスタートだよ。スタート位置が全然違うじゃない。全然違うじゃない。違い過ぎるじゃない。困ってたって誰も助けてくれないし、助けてくれないどころか、隙あらばいじめられるしさ、バカにされるしさ。そんな環境でがんばったんだよ。俺なりにがんばったんだよ。うううっ(叫びと涙)」
「・・・」
沈黙・・
引き屋「でもさ・・、こんだけ叫んだって、普通にしてるだけでちやほやしてもらえる人間に、普通にしてったバカにされるような、何にもしてないのに笑われたり、いじめられたりするような俺たちみたいな人間の気持ちや立場なんか結局分からないんだよな・・(ぼそり)」
かなえ「・・・」
沈黙・・
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