第10話 やさしさなんかなんの役にもたたないよね

引き屋「・・・」

かなえ「・・・」

「なんで俺たち・・」

「・・・」

「なんで、こんなんなっちゃったんだろうな・・」

「それはもう考えないようにしてます・・。もう、なんかそうなっちゃったんですよ。もう」

「違う人生だってありえたはずなんだよ。もっと・・、こう・・」

「それは考えちゃいけません。余計惨めになるだけです」

「俺、小学生の時、同級生を見て思ったんだよ。なんで俺は、あいつじゃないんだろうって」

「・・・」

「なんで俺はあいつじゃないんだろうって、なんで俺はこんな俺で、俺はあのみんなと楽しくやってるあいつじゃないんだろうって」

「私も考えました。なんでこうなっちゃったんだろうって。なんでって・・、それを考えない日はないです。なんであの人みたいになれないんだろうって。幸せそうな同級生とか、テレビとか、雑誌とか、きれいでかわいくて、明るくて、みんなと仲良くて、幸せそうで、なんであの人みたいに自分はなれないんだろうって。なんで私はこんな自分なんだろうって・・、なんで私はこんなに惨めで孤独で・・」

「・・・」

「なんで私の人生ってこんな何だろうって・・」

「・・・」

「辛過ぎですよ。こんな人生。その辺ひょこひょこ歩いてる虫すらが幸せに思えてくるんですよ。呑気でいいなって」

「・・・」


 沈黙・・


かなえ「私、時々堪らなく不安になるんです」

引き屋「・・・」

「この先、年を取って、お父さんもお母さんも死んじゃって、もう私一人になって、っというか、ママとか死んじゃったらそのお葬式とかが私無理だし。外出れないし人に会うの怖いし、もうどうしていいか分からないし、ただただ、不安で怖いんです。私の未来ってなんかそんな世界なんです。そんな世界しかないんです。それ以外がないんですよ。明るい希望のある未来なんか全然ないんです。あるようでいてないんですよ。真っ暗なんです。いっそ、戦争でも巨大地震でも、原発事故でもなんでも起こって、全てが壊れて欲しいですよ。私の人生ごと」

「もう、この世界そのものがガラガラポンでリセットしない限り、僕たちが救われることはないんだよ。結局、どこまで行っても、今のこの社会が持つ価値観がある限り僕たちに救いなんてないんだ。どこまで行っても、顔、金、学歴、肩書、職業、友だちの数、彼女だもん。全部ないんだよ。何も持ってないんだよ。この社会の価値観に合致するもの何も持ってないんだよ。何も待てないんだよ。持てないから余計に弱者になって、ますます持てない。そんなんで俺たち、それでどうやって幸せになれって言うんだよ。っていうかそれ以前にどうやって人並みに生活しろって言うんだよ。それすらが無理なんだよ」

「みんな、自分が当たり前に持っているアドバンテージには気付かないんですよ。顔が良いとか、頭が良いとか、運動神経良いとか、普通に人と仲良くなれるとか、そのコミュニティでそつなくうまくやっていくとか、それがない人間の事なんて分からないんですよ。私も最近気づいたんです。自分が当たり前に健康で、手足があって、普通に物を考えられる頭があって、それがものすごいアドバンテージだって。それがない人もいるんですよ。それと同じように、やっぱり今の社会で普通に適応できている人たちは、それがない人たちの事なんて分からないんですよ。気付きすらしないんですよ」

「普通にバカにしてくるもんね。当たり前みたいにね。持ってる奴って」

「はい・・」


 沈黙・・


引き屋「草食動物に生まれたらさ」

かなえ「えっ?」

「草食動物はさ、肉食動物に襲われたら、もう逃げるしかないわけですよ。立ち向かうとかそれは無いわけですよ。仲間が助けてくれるとかも無いわけですよ。選択肢は逃げるしかないわけですよ。だけど、サバンナみたいに人間の世界は広くないわけで、物理的には広いけど、関係性は案外異常に狭いわけです。その中で、追い込まれて追い込まれて逃げて逃げて逃げ抜いたら、もう引きこもるか自殺するしかないわけですよ。しかも、そういう本来、自然の中だったら淘汰される奴が生き残っちゃうからね。普通自然界だったら容赦なく死ぬんだけど、人間は生き残っちゃうからね。そこがある意味残酷なんですよ。だからもう自分で死ぬしかないという・・」

「やっぱり、死・・」

「弱いもん同士繋がって助け合って、強い者に立ち向かえばいいんです。圧倒的に弱い奴とかの方が多いわけですよ。肉食動物とかなんて少数派なんですよ。圧倒的に。草食動物とかの方が多いわけですよ。だけど、それはないわけですよ。連帯するとか助け合うとかないわけですよ。それどころか今の世の中なんて、弱いもん同士ちょっとしたどんぐりの背比べで争っちゃうんですよ。そしてそれにも負けた奴は、もうどこまでもめっちゃ置いていかれるわけですよ」

「そう、もうどうしようもないくらい置いてかれますよね。置いていっていることに気付きすらされないくらい置いてかれますよね」

「うん・・」

「・・・」


 沈黙・・


引き屋「しかも、やさしさなんか、なんの役にも立たないしね・・」

かなえ「ええ、全然立ちませんね。変にやさしくすると、逆に舐められるというか・・」

「ほんと、やさしさなんかなんの役にも立たないよね・・、今の世の中。ほんとに役に立たない・・」

「でも、だからといって強くなれるわけでもないし、残酷になれるわけでもないんですよ。ただもう厳しい競争社会があるだけ。もうどうしていいのか分からないですよ」

「・・・」

「・・・」

「やっぱり結局・・、死・・」

「やっぱ、そこ行き着きますよね」

「うん・・、行き着いちゃうんだよね・・、どうしても・・」

「というか、もうすでに生きながら死んでるみたいなもんですけど・・」

「・・・」

「・・・」

「悲しいけど・・、そうですよね・・」



 長い沈黙・・



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