その6

(6)



 夜風とは程遠い、まるで魔風とでも言うような魔力を含んだ風が砂を巻き上げる。

 ハリーは腕で顔を押さえながら、僅かに隙間から見える盲僧とその背後に立つ風神――いや、魔人の姿を凝視する。

 風は強く自分達を巻き込むように吹いている。

 背後にいる若僧は吹き飛ばされそうになるのを必死で踏ん張っていたが、やがて耐えられなくなったのか膝を折って、砂地にしゃがみ込んだ。

 何もかもを巻き込んで吹き飛ばそうとする力がハリーにも襲い掛かる。

 ハリーは片膝をついた。つかねば強風の渦に巻き込まれるだろう。巻き込まれればどうなるか。恐らくは上空へ飛ばされ、後は砂地に叩き落とされるだろう。

(――ならば、悶絶するかもしれないが死ぬことは無いな)

 思うと不意に笑いが漏れた。

 だが、後ろの若僧はどうなるか。痩せ干せた身体で砂地に叩き落とされれば、恐らく無事にはすまないだろう。四体の自由が利く身体に戻れるかどうかはわからない。

 確かに大阿闍梨(グランドアルジャ)は言った。


 ――何、拙僧も人間は殺さぬ。殺すは誓って『造魔』のみ、ゆえに安心して気絶せよ


(…自由の効かぬ身体で教義を棄てさせるだけの情状酌量の余地はあるという事か)

 ハリーは可笑しくなった。可笑しくなって不意に跳躍した。その瞬間身体は強風に巻き込まれ、やがて渦の中心へと巻込まれてゆく。

「ハリー殿!!」

 慈空の呼ぶ声がハリーの後を追うように渦へ巻きこまれてゆく。

 ハリーは精神刀剣(ストライダー)を真っ直ぐに構えて、身体を大きく伸ばす。それは空に浮かぶ魔人を真っ二つに切ろうとして。

 魔人は砂の中に小さな礫が混じりこんだぐらいの眼差しで迫るハリーを捉えている。

 そのような小さき剣では、魔人の巨大な身体を切ることは出来ぬ。小さき蟻一匹が巨大な像を斃すことなぞ、できようか?

 尊大さの現れた顔が大きくハリーの目前に見えた時、ハリーは肉体を引き裂くほどの強い風圧の中で目を見開いた。

 肉体に限界が迫るその瞬間、見開いた眼の中に魔人が映る。映るとハリーは剣を上から下に一気に振り下ろそうと動いた。

「切れぬ!!」

 大阿闍梨(グランドアルジャ)の高らかな声が響いた。魔人もまた振り下ろされた剣先を見つめて同じように叫ぶ。

「人間に魔人を切る事なんぞ!!出来ぬ!!」

 ハリーは声を張り上げた。

「巨人ゴリアテを斃したダビデの勇気を人間は忘れたというのか!!」

 その叫び声が聞こえた瞬間、大阿闍梨(グランドアルジャ)はいや、地に伏せる慈空も見た。

 ハリーの背後から闇夜を凝縮したような黒影が姿取り大きく伸びて巨大な手になるのを。そしてその手は指が六本あり、まるで虎か熊のような猛獣の爪が在って、指が開くや、ハリーの剣と共に振り下ろされた。

 唸る風音の中で、風音が割れ闇の中に吸い込まれたのを大阿闍梨(グランドアルジャ)が見た時、首から下げた数珠が音を立てて割れた。




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