片足を墓場に突っこんだ男(ワンフット インザ グレーヴ)

その1

「片足を墓場に突っこんだ男(ワンフット インザ グレーヴ)」


(1)


「ほう、あの荒行『千日素足(せんにちすだ)』ですか…」

 ダンのしわがれ声が聞こえ、ハリーは若い僧を見た。頭の毛髪を綺麗に反り上げた青い部分を手で撫でると彼は自分を見たハリーの方を向き、言った。

「ええ、今日この風見鶏邸を出れば二日後の夜、丁度D地区とキリングバレーの境――そう、あの最終戦争で散華した多くの種獣達の魂を祭る墓地、――アングライスト墓地にある弥勒堂でやっと千日の夜になり、満願を迎えます」

(――アングライスト墓地…)

 ハリーは垂れる黒い前髪から僧を覗く様に見る。別名――怒り(アンガー)と悲しみ叫ぶ者達(クライシスト)の墓地。

 自分を見つめる僧の眼差しは深い。まるで自分の心の憶測に波打てばそれを見逃さないぞと言うような、まるで心の中を覗くような観念の強さが出ている。

 事実、修行を積んだ僧であれば人の心の中に浮かぶ小さな魔さえ感ずることのできる観念の呪法が出きても不思議ではない。

 新世界の大僧正会(クレリック)はあるあらゆる宗教の連合であり、その力は対『造魔』として禁忌の呪法を使える僧の集まりである。

 聞けば、この若僧はその大僧正会(クレリック)でも最も呪力のある真言無限派の密教僧であるという。

 この宗派は「古き世界」で現在の東部カザルニアがジパングと言われた当時、急峻な山岳地で修業されていた山岳宗教が、新世界においても連綿と続き、今は真言無限派としてこのように荒行「千日素足」を行う厳しい宗派となっている。 

(荒行もそうだが…)

 ハリーは心を静める。

(アングライスト墓地は『造魔』の棲み処と言ってもいい場所だ)

 ハリーは沈黙を強める。

(あそこは最終戦争で散華した数多(あまた)の種獣の怨念が『奇蹟(ミラクル)』とリンクして姿を現す、謂わば造魔の聖地だ。例え造魔を退ける強力が在る弥勒像があるとはいえ、あの弥勒の巨石像は地中深く埋もれ顔だけを出しているだけ…堂といっても突き出した弥勒の顔を削り作られた穴…)

 ハリーは強めた沈黙の中で自分を見つめる僧の眼差しと視線を合わす。その眼差しに揺れた波を心に感じると思った。

(そこを満願の場所にするとはこの僧…あまりにも…)

「奇妙な僧だとお思いの様ですね」

 僧が満面に笑顔を浮かべている。

「でしょうね、今貴方の心の中を波が流れるのが見えましたよ」

 若僧はそれから瞼を閉じた。

「ええ、恐らく貴方は何故私がそんな『造魔』共の聖地ともいえるアングライスト墓地を満願の地に選んだのか?そして何故自分をそこまでのガイドとして雇われたのか、不思議に思われている」

「…何?ガイドだと?」

 ハリーが僧の言葉に振り返り、ダンを見た。ダンは眼差しをハリーから外すと素知らぬ振りで言った。

「ハリー、もう契約済みのことだ。不満を言ってもらっては困る。それに…ハリー、まぁ良く考えてもみろ」

 ダンが軽く咳き込む。

「大僧正会のメンバーでもある宗派僧と一緒に旅することができるなんてこの世で善徳を積むことができる最上の行いとは思わんか?お前も善人(カーリマン)のことは知っているだろう?善徳を積んだ彼らのみが「神操方舟(ノーヴァ)」に乗り込めることを。そんな資格を持つ僧と旅することがお前のこれからの人生にどれ程の幸を起こすことか。儂はこのように風邪を引いてしわがれ声だ。本来なら儂がお前に変わって一緒にこの僧とお供したいくらいなのだぞ」

(嘘つけ)

 ハリーは心で侮蔑して苦笑する。彼の心の内が僧にも分かったのか、僧が苦笑する。

「まぁいいでしょう。貴方が思った『何故』については道すがら色々お答えしてゆきましょう。問答ある道もまた僧としての修業です。さぁ行きましょう。ハリー殿」

 言うなり僧は杖を手に立ち上がった。既に旅装が出来ているようだった。勿論、足は素足だ。

 ハリーは僧に遅れて立ち上がると、部屋を見渡す。見れば奥に花瓶に入った桃色の百合が見えた。

 それを手に取るとハリーはダンに言った。

「ダン。俺は仕事については何も文句は言わない。ならば今からこの僧と行こう。さぁトラベラーズハットとマントを貸してくれ。アングライスト墓地迄の道中は日差しも砂漠並みに厳しい。それからマリーには花瓶からこの百合を一つ借りると言ってくれ。行き先はなんせ墓地だ。そこで死者の為の慰めの為にマリーが育てた百合の花を最終戦争で散華した全ての魂の墓前に一輪手向けたいとハリー言っていたとな」










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