その5
(5)
ハリーは前後を造魔に挟まれ対峙している。剣の切っ先は地面すれすれに触れさせ、何かあれば鋭い斬撃を与えようと身構えている。
――それは誰にか?
「造魔共」
ハリーが声を放つ。
「…いつぞや、どこで俺はお前達にあったか?」
ハリーの問いかけに少女が答える。
「忘れたとは言わせないぞ、古き世界に於いてお前は我ら楽園(エデン)の敵であった」
「二重霊魂影(ドッペルゲンガー)をこの世界に創り出せるほどの精神力を持つ人間とは知り合いは居ないが…」
「ほざくな!!」
少女の唇が開く。
「お前が古き世界で何をしたのか、それを知らぬお前ではあるまい。故に、我ら人間は死を恐れて生きなければならぬ存在となった」
そこでハリーは小さく息を吐いた。
「――『死』こそ人間が人間らしくあるべきこの世界の摂理と定めだ。それ以上を求める者は全てソドムとゴモラを焼き尽くしたあの炎の様に消え去るだけだというのを、忘れたか?」
「言うな!!」
少女の叫びと共に背後のゴーレムが巨大な腕を薙ぎ払ってハリーへと襲い掛かった。
それをハリーは横に飛んで躱す。躱しながらハリーはゴーレムに言う。
「アーダムよ。お前は遥かの時より、従うだけで生き続けているのか?」
ハリーの言葉にゴーレムが吼えた。
「所詮、お前はそういう運命だという事か、お前は自由を欲しかったのではないのか?あの楽園(エデン)でお前が欲しかった物、其れが何か?思い出すがいい」
ゴーレムはそこで動きを止めた。明らかにハリーの言葉に反応して動きを止めたのだった。
「アーダム!!」
だが少女の声が響く。
それで再びゴーレムが動き出す。
「あいつを殺せ!!」
少女の叱咤にゴーレムが唸りを上げて腕をハリーの頭上に振り下ろす。それをハリーは腰を屈めると一気に夜空へと舞い上がり躱した。
だが躱して着地しようとする瞬間、突如地面が盛り上がり、そこから巨大な拳が現れた。
それを瞬時に視野の中にハリーは捉えたが、しかし拳は大きく開いて、ハリーの身体を握りしめると、激しく地面に叩きつけた。
少女の眼には巨大なゴーレムの片腕が地面にめり込んでいるのが見えた。ゴーレムの片腕は地面と同化して着地しようとするハリーへ伸びて掴んで叩き落したのだった。大地に同化してゴーレムはハリーを襲ったのだった。
全身を強く打ち付けたハリーはピクリとも動かなかった。
「さすがのお前でも青銅の巨人タロスの力を持つこのゴーレムの力には敵わないか。穢れた蠅の王よ」
少女は静かに動かなくなったハリーへと近づいてゆく。だがその時、地面に伏して倒れたまま動かないハリーの声が突如聞こえた。。
「…成程な、所詮は最終戦争(アーマゲドン)で散華した人間の宗教的記憶の残留思念が、偶然、お前の思念に残っただけか。つまりこいつは巨人タロスで俺が知る『アーダム』ではない。それはつまり少女の姿をしているがお前も俺が知るべきものではない」
言いながらハリーはゆっくりと立ち上がる。
「お前…あれほどの衝撃を受けて身体は何も無いのか…」
驚く少女を前にハリーは立ち上がると垂れ下がる黒髪から少女を見るや、鋭く目を見開いた。その瞬間、少女の瞳を鋭いハリーの得体のしれない力が突き刺してゆく。それは少女の体内に宿す魔を越える、遥かな銀河の奈落へと落とそうとする程の強い磁場を含んだ魔の重力だった。
「よもや、彼等ではないかと思ったが…違ったな。となれば、古き世界に於いて巨人タロスを操れる術者となれば…」
言いながらハリーは素早く剣を抜くと、背後のゴーレムを一刀両断にして、それから返す刀で少女の首を刎ねた。
刎ねると二体の造魔はやがて地面に奇石『奇蹟(ミラクル)』 を残して、やがて闇に中に霧散して消えて行った。ハリーはその奇石を剣の柄で破壊すると、やがてそれを夜風に撒いた。
それから誰も居なくなった森の静寂に向かってハリーは言った。
「鼻から聖霊を吹き込まれた泥人形…そして楽園(エデン)を追放された強い女の恨み。その恨みの念の強さが二重霊魂影(ドッペルゲンガー)を生み、泥人形を術に掛け幾年も恨みを忘れず連れ添って無限の時を旅する姿こそ、まさに人間の在り様とも思わないか、なぁ魔女メーディアよ」
それから…とハリーは心の中で呟くと嗤った。
(そして言っておくが俺は蠅の王ではない、それだけはお前への冥府への土産に教えてやるさ)
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