その3

(3)


 夕餉の給仕の後片づけをしながらハリーはカウンターに腰掛けてモニターを見つめるダンに言った。

「…ダン、お前は言った。――全く何も変わっておられないと、それはどういう意味だ」

 ダンはモニターから目を上げた。それから首を傾げた。

「言ったかね?」?

 惚けた声音でダンが答える。

「言ったぞ」

 ハリーが鋭く声を放つ。

「忘れた」

 短く言うや、老人は再びモニターに目を遣った。それから電子ディスプレイに指を触れる。

「…ダン!!」

 咎める口調で言うハリーにダンが今度は鋭く言う。

「そういうお前は確かめたのか?」

「何?」

「お前こそ言った筈だ。――確かめたいことがあると、違うか?」

 自身に打ち込まれた剣先を避けて鋭く突きこまれたハリーへの問いかけは歴戦の剣士の呼吸とも言うべき切り返しかもしれない。ハリーは思わず唸る様に黙した。

「…ほら見ろ」

 言ってからダンは外へ視線を送る。

「あのゴーレムは、外か」

 ハリーも視線を外に向ける。

「外で土と同化して眠っているか…ならば、ハリーお前が確かめようにも、確かめられまい」

 まるでハリーの全てを見透かすようなダンの言葉にハリーは(ほう…)と思わず、心の中で言葉を漏らした。だが、それ以上何かを言う事も無く、給仕に出した皿を片付ける。

(…そう、確かにあの少女は人間だった)

 ハリーは自ら出した料理を食べる少女を見て思った。夕餉に出した食事は人間用の食事なのだ。それは当然であり、ごく当たり前の事実だが、だからこそ不思議ともいわなければならなかった。

(――全く何も変わっておられないということがどういうことなのか…)

 ハリーは皿を重ねて奥の洗い場へ行こうとした。するとダンがハリーを呼び止めた。

「…ハリー、どうやら当たりだな」

 ハリーが立ち止まる。

「どういうことだ?」

「つまり彼等が追われているという事だな」

 ハリーはそれを聞くと皿を洗い場に置いて精神刀剣(ストライダー)を手に取った。それを手にして戻りながらダンに言う。

「…それで、それは何処に?」

 ハリーが精神刀剣をゆっくりと腰のベルトに吊るしながら聞いた。

「何だ、お前…気が早いな」

 ハリーの仕草を垣間見てダンが笑う。笑いを気にする風もなくハリーが言う。

「どちらにしても、亭主が招いた客人への礼儀として保護する義務がある。例え、それが造魔を連れた見知らぬ旅人であってもな」

「この新世界の旅人を守ることはホテルの約束事だと言えんのか、ハリー」

 ダンが苦笑する。苦笑するが、ダンはハリーに言った。

「ここから1.8キロ南の森、あの一行が来た道を全く同じように来ておる、おや…何だ、おい…これは…」

 言ってダンがモニターから顔を上げた時、既にホテルのドアは開いて夜風だけが吹き込んでいた。

 そして僅かにその後に大きく大地が揺れ動く音がしたが、それも程なくして消え、夜の静寂が広がっていった。

 そんな夜の静寂に唯一つ残されたのはモニターから顔を上げた老人の驚きの表情だった。それはまるで思いもしない出来事にであった時にみせる驚きだったのを、既に夜の静寂に消えたハリーは知る由が無かった。

 勿論、驚きと共に老人が呟いた言葉も。


 ――ハリー、お前が問い質したいこと以上にあちらにもどうやら問いただしたいことが在るのかもしれんぞ…


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