その2

(2)



(もし、その場にいるのが自分だったら…)

 ハリーの脳裏に浮かび上がる大きな人形の手――それが、泥人形(ゴーレム)の手だとしても、己ならば切り捨てていただろう。

『造魔』なのだ、唯、その一点のみで。

 だが、…

 ハリーは無意識に精神刀剣の柄を握る。少女の叫びを聞けば、それが切れただろうか。

 そう、少女は言ったのだ。


 ――アーダムと


(…アーダムだと)

 ハリーは握る柄を強く握りしめる。鼓膜奥に響く音。それはガラスの中で揺れるスコッチの波音。

「そうとも、俺はそのゴーレムの手を切り捨てることなくその場に降り立つと振り返った。見ればそこには少女を守るように巨大なゴーレムが立っていた。俺は唯静かに対峙した。彼らが何をするのか、それを見定めようと、だが彼らはその場で何も言わず唯こちらを見るだけで、後は何も言わず…いや、一言だけ言って闇に消えたのだ――『この人は彼の人にあらず』と…」

 ダンはそこでグラスを置いた。それからモニターを見る。そこに何かを確認すると彼は眉間に老人らしい皺を寄せてハリーに言った。

「奇妙な事とはまさにこのことだ。それ以後、俺は、いや、儂は遂に一度もこの世界を旅しているだろう彼等に遭うことは無かった。そしてやがてこの風見鶏(ウェザーコック)グループのホテル…まぁ風見鳥邸の亭主になった訳だが、やがてそんな彼等にまさにここで会うことになろうとはな…」

 そこでハリーは立ち上がった。立ち上がると精神刀剣(ストライダー)を軽く抜いた。抜けば刀身が青白い炎を上げている。それはつまり『造魔』が迫ってきていることを意味していた。

「…ダン、お前いつから知っていた?」

 ハリーの睫毛の下で瞳が動いて老人(ダン)を見る。それを見てふふふと不敵に老人が笑う。

「森に設置された監視モニターに彼らが映ったのは、ざっと一時間ほど前よ。そこで此処への宿泊申し込みがあったのさ。それで見れば…まさに、何とやらだ」

 ダンがにやりとする。

「不思議だと思わんか?長年遭うことも無かった彼らが今宵この風見鶏邸に客人として来ようとしている。――それも『造魔』だ…。いや、ハリー、儂を見るお前の顔はそれでいいのか?と儂に問うてるな。今夜はマリーもカンザスへホテル業務の研修旅行だ。だからこそだ、珍客である彼等を一晩なら泊めてやるさ」

「造魔をか?」

 ふふとダンが笑う。

「勿論、秘密裏だ。追われているのなら、保護もする」

「追われているだと?」

 ハリーの言葉に老人がにんまりとする。

「当たりまえだろう。この新世界ではホテルの信頼はそれで成り立っている。ハリー知らん訳ではあるまい?だがそれらの事があってもその秘密は儂とお前しか知らん。なんせお前は無口(ハリー)だ。外へ喋る筈も無かろう。ならば規約違反でも今夜はかまうまい。それにあのゴーレムからは造魔が持つ『魔性』は感じなかった。恐らく、唯の操りなんだろう…」

「操りだと?それは…」

 ハリーが目を細める。

「知らんのかハリー?ゴーレムとは術者によって生きる人形さ。では誰が術者か?それが分からぬから、今夜泊めてその謎を解くのさ。それに此処には辺境一の剣士風見鶏邸のハリーが居る。何事か起きようが、全てはお前の剣技の前に闇消え、元通りになるさ」

 言うとハリーは歩みをドアへ向けて進めようと足を踏み出した。

「待て、何処に行く?客人をもてなす給仕はマリーが居ない今宵はお前の仕事だぞ」

 ダンの呼び止めに顔を向けてハリーが言う。

「分かってる。だが俺にも確かめることがある」

「誰に?何をだ?」

「アーダムと呼ばれたゴーレムに?」

「ゴーレムにだと?お前なんだその泥人形と知り合いか?」

 ハリーはダンの問いかけに黙して歩みを止めた。それを見て微笑する老人が言う。

「まぁ何もそんなに心配せんでもいい。ほら見るがいい。ドアに影が映るのが見えるだろう」

 その声にハリーははっとしてドアへ振り返り目を向けた。するとやがてドアが開いた。

 開くとそこにハリーが脳裏に浮かべた姿の一人の金髪の少女が立っていた。そう、背後に巨大なゴーレムを立たせて。

 ハリーの背に向けてダンが言う。

「ハリーお客様だ。邸内へ御案内しろ。…そうそう、お客人。ようこそ『風見鶏邸』へ。今宵は店一番の給仕が出払って満足いくおもてなしが出来ませんが、ごゆっくり此処でお過ごされませ。ええ、お忘れですか。昔私はあなたとお会いしたことがあいますよ。そうあの東部辺境の樹海の闇で…、思い出されましたね。しかしながら、私も申し上げねば…、お嬢さん、あなたはあの頃と本当に瓜二つ。全く何も変わっておられないとね」

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