ゴレームと旅する少女
その1
(1)
「あの奇妙な出来事に遭遇したのは俺が狩人(レンジャー)を辞める前の事だった…」
夕暮れ迫る風見鶏邸のカウンターでダンがグラスにスコッチを入れながら、ハリーに呟いた。古き世界を生き延びたスコッチの香りがハリーの鼻腔にも届く。芳しいその香りの中に潜む最終戦争(アーマゲドン)で滅んだ者達の鎮魂に瞑するようにダンが一口で飲み干すと、瞼を閉じて鼻から息を大きく吐いた。ハリーは精神刀剣(ストライダー)を肩にかけてソファに腰掛けながらダンを見ている。ダンの鼻腔の奥に記憶を探る香りが満たされたのか、彼は顎を撫でると目を見開き、自分を見つめるハリーの視線を己の眼に受けた。
「俺は竜を追い、東部辺境の町へと向かっていた。その町向うに自分が狩るべき巨竜が居たからな。そう、そしてその旅の途中、俺は野営をすることになった。それは深い樹海の中、日中でさえ森の影すら闇となる樹海で俺は野営をした。夜の闇の中、俺自陣を照らすの小さな焚火の炎。それが俺の頬に当たり影を揺ら突かせ、俺は何事かを考えていた。それは古き世界を旅した詩人、――ホメーロスのことだ。まぁハリー、お前が彼を知っているかどうかは分からんが、俺は都の古代図書で読んだ彼の叙情詩と彼の事を思い出しながら焚火にあったっていた。…そして思った。古き世界を旅した彼も俺も生きる時代が異なるとは言え、孤独な旅人には違いないと…」
ハリーはダンの言葉を聞きながらゆっくりと瞼を閉じて行く。黒髪の下で美しい睫毛が動く。それはダンが語り始めた過去に対する情景に自らも入り込もうとしているのか、そう、夢の世界かもしれない過ぎ去った邂逅の世界へ。
「その時だった。不意に樹海の奥の闇が揺れた。俺は咄嗟に手元に精神刀剣(ストライダー)を引き寄せ、にじり寄る闇を睨みつけた。勿論、この樹海に潜む『造魔』がやって来たと察したからだ。それで俺は迫る造魔との切迫の間を見つめて構えた。そしていよいよ暗闇から『造魔』が白い姿を現した、その瞬瞬間、俺は剣を払って造魔を切ろうとしたのだ―――、だが…」
――だが…?
邂逅の世界を切るべき刀のような鋭い眼差しでハリーがダンの言葉を追った。
「…そこに現れたのは一人の少女だった」
――少女…?
ハリーの瞼が開く。樹海の暗闇から現れた少女の姿がハリーの脳裏に浮かぶ。これ程、不釣り合いの存在はあるまい。暗闇の樹海から現れた存在、それが少女だというのは。その思いを含んだ視線をハリーはダンに向けた。
ダンはその視線を受けてグラスにスコッチを注ぐ。グラスにスコッチが満たされるとダンは――勿論だ、と言ってハリーを見た。
「少女は金髪の髪の毛で白い服を着て裸足だった。そうさ、俺も馬鹿じゃない、こいつが異常な存在だというのは引き抜いた剣先を少女へ向けながら分かった。――目前の少女、是も勿論、造魔であろう、…とな。少女の姿をとっているが、そのような類は沢山いる。旅人を迷わす類の造魔、――旅人を惑わし、やがて魂を冥府へ送り込む造魔なんぞこの世界には沢山いる。だが、不思議なのはその少女は間違いなく『人間』だったのだ。何故ならば、少女へ向けた精神刀剣の炎が揺らめかなかったからだ。それがどう意味か、精神刀剣の炎は『造魔』相手にしか燃え上がらぬからな…、つまり人間に対しては唯の刀剣でしかない」
ダンは口にスコッチを運ぶ。それから瞼を閉じた。
「そうとも、間違いなく、こいつは人間なのだ。俺は――あまりの異常さに驚いた。このような樹海の奥に少女が一人…、何故だ?自問しながら剣を構えて俺は少女に問いただした。――何者だ、君は?と、すると少女は言うのだ。――『私は死に魅入られた者』――とな」
――死に魅入られた者
ハリーの脳裏に浮かんだ少女の唇の動きが手に取る様にはっきりと見えた。まるでそれは自らの運命を呪うでもなく、唯、あるがまま受け入れるそんな口調だった。
「俺はそれを聞いてしばらく動かなかった。いや、それはその少女の存在に躊躇って雨動かなかった訳では無い。何故なら、闇奥に何かを引きずるような重い足音で迫る気配を感じたからだ。その気配は間違いなく――造魔だった。そう、それを感じた精神刀剣の炎が浮かび上がる。俺は少女に注意を払いながら、迫り来る造魔に精神を研ぎ澄まして待った。それこそ、一瞬で切り裂こうとして。やがて引きずる様な重い足音が遂に俺の視界に現れた。俺は少女を飛び越えてその造魔を切ろうと跳躍した――しかし、その瞬間、少女が背後の闇に叫んだのだ」
――止めて、アーダム!!
ハリーは少女の背後から伸びた造魔の何かを見た。そう、それは…
「そう、背後から現れたのは『造魔』――泥人形(ゴーレム)の手だったのだ」
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