『デュラハン(首無し騎士)への祷り』

第1話

(1)



「…過保護じゃないのか」

 ハリーは精神刀剣を肩に担ぎながら壁に背をもたれて老人——ダンに向かって言った。

 ハリーの言葉が指す過保護とは先程、この風見鶏邸にチェックインした客を匿うという事を指すのだと老人は理解しているが、彼は黙したまま地下のシェルターへ繋がる電子錠をロックすると何食わぬ顔でカウンターに座り電子モニターの宿帳に目を通した。それを見てハリーが苦笑を漏らす。

「呆れたものだな、金を貰えば…目を瞑るという訳か、ダン」

「何が悪い、お客様は我々に10万ドルも払ってくれた。それがハリーお前の月給何か月分になるかわかるか?」

 老人はハリーに背を向けたまま、肩を揺らしてひっひっひと笑った。

「それがために風見鶏邸が『造魔』に襲われようと、それに見合う分の金額だ。万一の為にマリーは強力な昏睡薬で眠らせて地下のシェルターに匿った。地下シェルターならドラゴン何匹が来ようと踏み潰されることも無い。つまりお前は気兼ねなく、お客様を追って来た造魔と戦えるというもんだ」

 ハリーは再び老人がひっひっひと笑う背を見て苦笑して、息を深く吐いた。吐いてから無口(ハリー)になる。それから彼は精神刀剣をゆっくりと腰のベルトに吊るして、やがてドアへと歩いて行った。


 ――新世界におけるホテル。

 ホテルはこの世界を旅する善良な旅人の安全を守ることで信頼と信用を得て商売ができる。

 唯その一方で善良ではない旅人、つまり盗賊や罪人達を造魔たちから守るためにホテルに匿うことは過剰保護とされ、ホテル一般の信義信条から大きく離れており、それらの行動は『過剰保護』として——つまり非難されるべき行為だった。

 つまりハリーはその事を暗に老人に言ったつもりだが、当の老人はどうも金銭に目がくらんだのか、全く意を介さない素振りでいる。

 ハリーは先程ホテルに駆け込んで来た男の人態を思い出す。

 駆け込む様にして風見鶏邸に飛び込んで来た男の髪は乱れ、黒い電子繊維製のフロックコートの襟もとから覗く顔の肌は浅黒く、また唇は片方が吊り上がり背は低く腰は曲がり、その両手には大きな箱——電子錠付きの筒型箱を手に抱えていた。

 しかし何よりもハリーの印象に一番残っていたのは、歯の抜けた口の上で爛爛と充血している目、それはまるで何かに憑依されたような狂気の目だった。

 その目つきの男は風見鶏邸のドアを開けるや否や、言ったのだった。


 ――おい、此処は風見鶏(ウェザーコック)グループのホテルだな、儂はロドリック教授だ、近くのサルマン聖墳墓跡地の資料研究後に、『造魔』に襲われた、匿ってくれ。ここに10万ドルある!!電子コードはE12789、これで支払いができる筈だ!!早く、匿ってくれ。あの追って来る造魔から!!


 慌ただしく唾をまき散らす様に話す風体の男。名をロドリック教授と言った。ハリーにはどこの専門機関の学者だという事には興味はない。

 …唯、

「おい、ハリー。余計なことを考えるんじゃない」

 老人の声がハリーの思索を止める。それは丁度ハリーがドアの取っ手に手が触れたのと同時だった。

「いいか、あのロドリック教授と言うのは今儂が見ている学者名簿に確かに出てくる真っ当な学者だ。専門は古き世界の伝説、伝承だ。だからあの教授がサルマン聖墳墓跡地に調査に行ってもおかしくはないし、墓荒らしのような『奇蹟(ミラクル)』目当ての賊ではないし、まぁそんな素性なんぞはどうでもいい。この多額の金銭さえ頂ければな」

 ハリーはひっひっひと笑う老人の笑い声を背に受けてドアを開けた。そして開けながら言った。

「その為にこのマリーや風見鶏邸が造魔に襲撃されてもいいという事か」

「構わんよ、それだけの金が在れば風見鶏邸は何度でも作れるし、マリーは絶対安全なシェルターの中だ。それに…」

 老人は間を置いて、ハリーに言った。

「お前が造魔に負けるなんてこれっぽっちも思わない。つまり、これは儂らのひとり儲けというわけだ」

 ハリーは高らかに笑う老人の声を聞くと小さな溜息を漏らして静かに後ろ手にドアを閉めた。締めると黒髪の下から覗く半眼のまま夜空を見た。

 夜空には月が昇り、それが巨大になって視界に映った。それはこの瞬間、月と地球が非常に接近していることを意味している。

 先の最終戦争(アーマゲドン)の破壊力は地球「ガレリア」の天体軌道をそのものも大きく変えてしまった。最終戦争そのもの威力が地球の引力と呪力の磁場軸を狂わせ、惑星の軌道すらも変えてしまった。その為、本来惑星の軌道上離れていた月と地球は或る一時期になると急接近することになってしまった。その時期の事を新世界では揶揄して『密月(ハネムーン)』と言うが、造魔を知る狩人(レンジャー)達はこの時期を嫌がった。

 何故ならこの時期は造魔が普段以上の魔力を持つからだった。

 ハリーはそれを知っている。だから息を整えながら精神を集中してゆっくりと剣を抜いて下段に構えた。抜きながら半眼のまま月の明かりに照らし出されて風見鶏邸に迫る造魔を見た。

 ハリーの視界に映る造魔。それは月を背にして立つ兜甲冑を身につけた巨躯の戦士だった。

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