第251話 Licht~光(11)

シェーンベルグは激しい痛みを抑える薬を投与されているせいか、真尋が行っても眠っていることが多かった。




少し付き添っていたが、全く起きそうもないので帰ろうとして病室の外に出ると、カタリナが入れ替わりにやって来た。




「マサ、」



彼女は涙ぐんでいた。




「どうしたの・・?」



怪訝な顔で彼女を見た。



「今、先生に呼ばれて。 たぶんもう・・1ヶ月ももたないだろうって、」



カタリナは手で目の端を拭った。



「え・・」




「ガンが脳に転移してて、もうあたしのこともわかんなくなっちゃうだろうって・・」



真尋は震えがきてしまった。




何のためにここまで必死にやって来たのか。



全てはシェーンベルグに自分の晴れ姿を見せるためだった。



「最近はとんちんかんなことも言い出すし。 おかしくなっちゃったのかなあって思うこともあるし、」




カタリナは落ち込んだ。




おれのことも



わからなくなってしまうんだろうか。



そう思ったらもういたたまれなかった。




おれのピアノも



全てジイさんの記憶から消されてしまうんだろうか。



真尋はぎゅっと拳を握り締めた。



「・・絶対に公演に来てもらうから。 絶対におれのピアノを聴いてもらう、」




自分にも言い聞かせるようにそう言った。




公演まであと2週間。



もう誰が何と言ったって、おれはやるしかない。



命を削って自分に託してくれたジイさんの思いを叶えるために。




真尋は周囲の雑音やプレッシャーにも



もう動じるのはやめようと思った。




一心不乱にピアノを弾き、前だけを見つめて。



絵梨沙は竜生の世話のほとんどを南に任せて、真尋につきっきりになった。




もう



そのピアノは鬼気迫り、魂をも飲み込まれそうなほどで。



真尋のピアノを弾く姿に何時間でも見惚れてしまう。



ずっと彼がピアノを弾く姿が大好きで。



わかりやすく胸がきゅんとなって



彼のことを好きになっていった時の自分を思い出す。



目を閉じて聞いていると、知らぬままに涙が頬を伝わる。





ウイーンの11月は寒い。



真尋は厚手のコートを着てシェーンベルグの病院に向かった。



珍しく目を覚ました彼に



「あ、起こした?」



と、笑いかけた。



いつも



ひょっとして今日は自分のことがわからなくなっているんじゃないか、とか



話しかけるのがすごく怖かった。



シェーンベルグは窓の外に目を移して



「・・今日は・・何日だ。」



と言った。



「16日だよ、」



と言うと



「あと・・3日か。」



きちんと公演の日を覚えている彼にホッとした。

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