第252話 Licht~光(12)

「あ、いらっしゃい、」



志藤はウイーンに着いて、直接真尋のマンションに向かったが



南がまるでこの家に主のように現れて、若干気が抜けた。



「寒いやろ~、こっちは。 まあまああがってあがって、」



「おまえ、すっかりこの家に馴染んでるな・・」



戸惑いながら家に入った。





「見て!!! も~~~、むっちゃカワイイやろ!?? 竜生でーす!」


そしてまるで母親のように竜生を抱っこして見せびらかせた。



もうすぐ生まれて2ヶ月になる竜生はだいぶしっかりしてきて、目もきょろきょろする。



「ほんまエリちゃんに似ててよかったな~~。 抱っこしたろか、」



と、手を出した。



「だいじょぶ? まだ首が据わってないよ、」



「アホ。 新生児どんだけ抱っこしてきたと思ってんねん、」



志藤はなれた手つきで竜生を抱っこした。



「まだ2ヶ月くらいやろ? でっかいなァ。 ウチの子供たちはこんなんじゃなかったと思う、」



「真尋の子だしね。 ミルクもすっごい飲むからさ~~。 もういきなりゴハンとか食べさせてもだいじょぶそう、」



南は笑った。



「・・で。 二人は?」



志藤は部屋を見回した。



「ああ。 もうほとんどスタジオ。 真尋がオケとの練習に行く時もエリちゃんも行かせてもらってるみたい、」



南はコーヒーの用意をしながら言った。



「で。 おまえが竜生の面倒見てるんか?」



「うん。 そう。 真尋の面倒はエリちゃんじゃないとアカンし。 竜生の世話くらいは・・」



「そっか、」



まだこんなに小さい竜生を南に任せっぱなしにするほど、やっぱり絵梨沙が真尋につきっきりになっていることが少し不憫だった。



「・・先生の様子は、」



「もうベッドに寝たきりみたいな状態やって。 意識が朦朧としているときもあるし。 もう長くないって言われてるみたいなんやけど。 なんとか公演は見せてあげたいよね、」



南はしんみりとして言った。



志藤は無言になってしまった。



「真太郎は当日の午前中にこっちに着くって。 仕事でギリギリになるって。 あと3日やもん。 ほんま、もうすぐやん。」



あと3日という彼女の言葉は



たくさんの意味を含んでいるようで。



志藤は黙って竜生をベビーベッドにそっと寝かせた。



元気に手を動かす竜生の頭をそっと撫でた。



「日本にもたくさん取材が来てる。」




「え、ほんま?」



「びっくりするくらい。 こっちのメディアから来るようになってから日本の専門誌なんかも動き出して。真尋の資料が欲しいとか、取材をさせて欲しいとか。 アルデンベルグの広報が動いてるんやろか、」



「まあ・・アニバーサリー的な公演やってことは聞いてるけど。」



「あのシェーンベルグ氏の愛弟子だって報道されたりしてな。 イヤでも注目される。」



「さすがの真尋も。 めっちゃプレッシャー感じてるんやろな。」



南はため息をついた。



オケのゲネプロは関係者以外立ち入り禁止だったが、絵梨沙は特別に中に入れてもらっていた。




ウイーンにやって来た志藤とは、全く会えずに



公演当日を迎えてしまった。




「・・を・・」



「え?」



寝ているとばかり思っていたシェーンベルグがかすれた声を出したので、カタリナは驚いた。



「なに?」



と、耳を顔に近づけた。



「・・車・・イスを、」



「車椅子?」



「劇場に・・いく、」



もうこの頃は薬でずっと寝っぱなしだった彼が公演の日を覚えていたのが驚きだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る