第143話 Lebe für Liebe~愛に生きる(3)
「本当に・・びっくりした、」
絵梨沙はシェーンベルグのレッスンスタジオに真尋とやって来た。
もちろん彼は予選を通過し、本選出場を決めた。
「なんか。 自分でもわかんだよ。 すんごいスムーズで。 軽く弾けるっていうか、」
真尋は笑ってポーンとピアノを叩いた。
「最初はなんじゃこのジジイって思ってた。 でも・・なんだかんだ言って他の人のコンサートのチケットくれてさ。 この半年間ピアノからオケからオペラまでスゲー見させられた。 本当の一流ってこうなんだって思った。 おれはさあ、甘えてただけなんだって、」
「真尋、」
「そんで。 逃げてた。 超一流のピアニストになる努力なんかハナからしたくないって思ってて。 自分はそんなことできないって思ってた。 イチバンじゃなくても。 おれは誰よりもピアノでみんなを感動させることができるって・・思ってた。 でもさ、努力もしないでそれってめっちゃ図々しいよな。 そんなヤツのピアノなんか、いつかメッキがはがれる、」
彼が
すごく大きく見えた。
真尋が絵梨沙を見て
「ね、ちょっとだけ一緒に弾いてみない? 久しぶりに!」
明るい笑顔でそう言った。
「え・・」
絵梨沙はそのまま凍りついた。
「これからどんな風になっていくのか。 おれにもわかんねえ。 このコンクールだってどういう結果がでるのか、わかんねえ。 でも。 おれの原点はいつも絵梨沙と二人で弾いた『花のワルツ』だから、」
彼の笑顔が針のように心に刺さる。
「ね。 弾いてみようよ。」
真尋はピアノの前に座ったが、絵梨沙は動けなかった。
彼となら
ひょっとしたら弾けるかもしれない。
絵梨沙は一瞬そう頭をよぎった。
隣のピアノに座る。
そして鍵盤に指を落とそうとしたのだが
「絵梨沙・・?」
彼女の様子に不審がった真尋が顔を覗き込む。
絵梨沙は鍵盤に指を触れることができないまま固まっている。
頭の中が嵐のように吹き荒れて
言い知れぬ不安がぐるぐると巡る。
「私・・」
ようやく口を開いた。
「え・・」
「ピアノが・・弾けないの、」
か細い声に真尋は耳を疑った。
「・・え? なに?」
絵梨沙はポロポロと涙をこぼし
「ピアノが・・、弾けないの!!」
そのままピアノにすがりつくように声をあげて泣き出した。
「ピアノが・・弾けない??」
真尋はその言葉の意味がわからず呆然とした。
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