第142話 Lebe für Liebe~愛に生きる(2)
真尋は12番目に登場した。
「彼、1次予選の時すっごく良かったのよね、」
絵梨沙は後ろの席でそうささやく女性の声を聞き逃さなかった。
そう
真尋のピアノはひとたび聴けばその虜になってしまう。
1曲目はショパンのノクターン第8番。
昨日、レッスンで聴いたそれよりもはるかに音が響いていた。
きれい・・
絵梨沙はその音に心を奪われた。
それまでの真尋の音とは
違う。
でも、このピアノはやっぱり真尋だ。
遙かに美しく、そしてキレイな音だった。
つづけて、ラヴェル、そしてモーツアルトと続く。
真尋のモーツアルト・・
志藤は感慨深かった。
一度、モーツアルトをやらせようとしたけれど、あんまりにもダメすぎて諦めた。
しかし
このピアノソナタ第8番は、あのモーツアルトの甘美な世界が繰り広げられている。
信じられないほど。
研ぎ澄まされて
美しかった・・
いつもよりもやや感情抑え目にあっさりと弾いているようにも思えたが
それは余裕にも思えた。
なんやねん・・
めっちゃ上手いヤツみたいやんか
志藤はもう最後はふっと笑ってしまった。
あの真尋独特の危うい旋律はどこにもなかった。
ノーミスで解釈もカンペキだった。
もちろん
弾き終えたあとの拍手は今までで一番だった。
みんながまだ拍手をしている間、シェーンベルグはスッと席を立った。
「どこにいかれるんですか、」
南が声を掛けると
「もういてもしょうがないから、帰る、」
振り返りもせず杖を突いて帰ってしまった。
「・・それって。 もう間違いないってこと?」
南は志藤に言った。
「ま・・そやろな、」
志藤はもう何もかもわかっている巨匠にやっぱり頭が下がった。
この短期間で真尋は確かに変わった。
こんなに上手くなるもんなんだ、と自分が見ていたのはまだ真尋のほんの一部分であったことを思い知らされる。
巨匠は。
真尋をコンクールで勝たせるためのピアノを徹底的に叩き込んだんだ。
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