第144話 Lebe für Liebe~愛に生きる(4)

部屋に戻っても



絵梨沙は泣くばかりだった。



真尋はどうしていいかわからず、彼女が落ち着くのを待った。



「もう・・仕事も全然できない状態で。 全部キャンセルして、」



絵梨沙はポツリポツリと話し始めた。



「なにが、あったの・・」



真尋はとっても信じられなかった。



あの絵梨沙がピアノに触れることさえできないなんて。



「私のピアノに厳しい批評があったりすると、いちいち傷ついて。 パパはそんなこと気にする必要ないって励ましてくれたけど、こんなにも否定されたこと初めてだったし。 今まで私が築いてきたことも全部こっぱ微塵にされたみたいで。 それでも頑張ろうって思った。 でも・・今までと違ってピアノさえ弾いていればいいってわけでもなくて。 私を支援してくれるスポンサーさんともおつきあいしないといけないし、そういうことが次から次へで・・本当につかれてしまって・・」



絵梨沙はハンカチで涙を拭いた。



内気な彼女がそのような社交の場に出ることは、苦痛以外のなにものでもなかっただろう。



父親がついていてくれるとはいえ、そういう人を大事にするのもこれからは必要になる。



「・・そっか。 絵梨沙はすんげえ人見知りだもんな、」


真尋は優しく彼女の隣に座って、頭を引き寄せて撫でた。



そして



心に重く重く圧し掛かっていた『あの事件』を真尋に話そうかどうか、すごく迷った。



「少し休めば・・きっとまた弾けるようになる、」



そう言って励ましてくれる真尋の言葉に、絵梨沙はまた涙してしまった。



「そ、それだけじゃなくて・・」



迷いながらもどこかでその苦しみから解放されたい気持ちもあった。




「・・パパの支援をしてくれるNYの実業家の人の家のパーティーに誘われて。 私のことも応援してくれるっていう人で。 ひとりで行くことになっていたから・・気が進まなかったんだけど。 ・・そこで、」



絵梨沙はゆっくりとそう話した後、彼の胸にぎゅっと縋りついた。



「絵梨沙・・?」



「その人に。 襲われそうになって・・」



言葉が出なかった。



「自分のものになれば・・ずっと私をピアニストとしてやっていけるようにしてあげるからって。 この世界そんなの常識だって・・」



絵梨沙は思い出して怖くなり真尋に抱きついた。



「ほんっと・・怖かった!! もう、夢中で逃げて。 追いかけられたけど・・必死に・・」



また堰を切ったように泣き出した。



真尋は呆然とした後、彼女をぎゅうっと抱きしめた。



「絵梨沙・・」



「もう・・何もかもイヤになって。 ピアノを弾こうとすると目が回って、気分が悪くなって。 私がしたかったのはこんなことじゃないって・・パパにもママにも言えなくて・・」




真尋はもう彼女が壊れそうなほど抱きしめた。



「真尋に会いたかった・・。 あのウイーンの時のことばかり思い出して。 もう、真尋のそばに行きたくて、行きたくて・・寂しくて・・死にそうだった・・」



彼女一人でそんなことに耐えていた



そう思うだけでもう胸が張り裂けそうだった。



真尋は夢中で彼女にキスをした。

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