第140話 Sturm~嵐(20)

2時間、真尋はびっしりとピアノを弾いた。



そしてその時間と同じだけの驚きを3人は抱いた。




「あの、」



志藤は南を引っ張ってシェーンベルグに歩み寄った。



彼女に通訳させて



「・・お願いします。 お話を。 聞かせてください。 お願いします、」



志藤は必死にシェーンベルグに頼んだ。



いったい彼が何を考えているのか、どうしても聞きたかった。




絵梨沙と真尋は帰って行った。



そしてレッスンスタジオには3人が残った。



シェーンベルグは大好きなミルクがいっぱい入ったコーヒーを飲みながら



「あんたはあいつのボスとして。 わしにあいつを任せたことを後悔しているだろう、」



いきなり見透かしたように言って来た。




「いえ。 後悔は・・していませんが。 真尋をどうするつもりですか。」



志藤は意を決して厳しい表情で言った。



「あんたは。 素人じゃないんだろう?」



「いちおう。 日本の音大の指揮科を首席で卒業しました。  真尋は最初に会った時から、ぼくはこいつを絶対に世界に出したいって思っていました。」



力を込める彼に



「だったら。 このままあいつがあのスタイルでピアノを続けて行って、どこまで行けると思っていた?」




逆に質問された。



「・・それは。」



「小さなコンサートで弾くとか? ピアノバーのピアニスト? まあ、よくて・・あんたらのオケで競演させる?」



シェーンベルグはニヤっと笑った。



「世界に出したいって。 そんなに甘くないだろう。 ヤツはコンクールが嫌いで出てこなかった。 それは自分のピアノを他人に評価を受けることが、許せなかったんだろう。 バカなくせにプライドだけは高い。 そのバカなプライドを一度粉々にしてやりたかった。」



「え・・」



「それをぶっこわさないと。 本当の世界には出れない。」



そしてきっぱりと言った。



怖いほどの目だった。




「今までは適当に弾いてて、あれだけのモンが弾けるんだ。 ちゃんとやったらどんだけになるか、あんたもわかるだろう。」



口うるさくてたまらないと真尋は彼のことを文句言っていたのに



この人は誰よりも真尋の実力を見抜いていた。



確かに



真尋が『適当』に弾いていたことは否定できない。



『適当』という言葉がふさわしくない気がするが、その適度に力の抜けた自由さが真尋の魅力だった。



それは



危うさと表裏一体だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る