第139話 Sturm~嵐(19)

そのノクターンは



3人の知っている真尋のソレではなかった。



彼が弾き始めてすぐにその『異変』に気付いた。




本質は変わっていない。



うまく口に表せない。



だけど



志藤は鋭い目で彼がピアノを弾く後ろ姿を見た。



言葉に表すと




『ちゃんとしている』のだ。



もうそうとしか言えない。



今までの彼のピアノがちゃんとしていなかったわけではない。 しかし、彼独特の解釈と表現が満載だった。



自由に、それでいて曲の持つ本質を損なわないピアノ。



しかし



このピアノは『正確すぎる』ほどなのだ。




しかも




志藤は少し立ち上がって真尋の手元に注目した。



指の動きが前より速く、正確だ。




音がクリアで透き通ったガラスのようだった。




真尋は『凡人並み』だったそのテクニックでも、それを上回る表現力で多くの称賛を得てきた。



最初は難しいことをやらせようと思ったりしたが、それよりも真尋が真尋らしい音が出せる曲でいいんじゃないか、と思うようになった。



誰にも真似できないその表現力がある限り、彼はピアノで食べていけることができると思っていた。



志藤はシェーンベルグと目が合った。



そして巨匠はふっと笑った。



まるで志藤の驚きが手にとるようにわかっているかのように。



この人。




とんでもないことを真尋に施そうとしている?



ゾクっとした。



彼と同じことを絵梨沙も考えていた。



無条件に胸を揺さぶる彼のピアノではない。




彼のピアノが



変わっていた・・




つづいて。



ラヴェルの『水の戯れ』




絵梨沙は胸がどきどきしてきた。




思わず手を胸にやった。


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