第122話 Sturm~嵐(2)
約束を破ってしまった。
不安になっていた真尋はつい
客に勧められるままピアノの前に座った。
そっと
ショパンのノクターン第8番を弾く。
「マサが弾くぞ、」
みんなざわめいてピアノに注目をした。
この曲は大好きで。
ここでも学校の課題でも賞賛されて。
自分にすごく合う曲だと思っていた。
ところが。
やっぱり弾いている間も
ものすごい違和感だった。
どうしても乗り切れない。
何とか弾き終えたが、聴いていた客からは少し間があっておざなりの拍手があった。
「マサ、どうしたんだよ。 なんかいつもと違うし、」
みんなそう思っていた。
本人もそう思っていた。
真尋はピアノの前から動けなくなってしまった。
いつものレッスンの時間。
真尋は勢いよくドアを開けた。
「うるさいな、」
居眠りをしていたようでシェーンベルグはジロっと睨んだ。
「おい! あんた・・おれをぶっ壊すつもりじゃねーだろーなあ!!!」
真尋の怒りが爆発してしまった。
怒鳴られても彼は全く気にもせず、アクビをして頭をなでつけた。
「もう・・ぜんっぜん前みたいに弾けないじゃねーかっ! あんたがいじくり回すから、わけわかんなくなって! いつもみたいにお客さんから拍手だってもらえねーしっ!!!」
興奮した彼は自分から店で弾いたことをバラしてしまった。
シェーンベルグはふっと鼻で笑ったあと、
「バカめ。 あれほどやめるように言ったのに。 こんな約束も守れんのか、」
「ショパンのノクターン8番は! おれにとってもすっごい大事な曲だ! それが・・ぜんっぜん思うようにならなくて。 おれの心にも響いてこねえんだよっ!!!」
真尋は必死だった。
「なら。 順調に仕上がっているってことだ、」
巨匠は杖をついて立ち上がった。
「は・・?」
「おまえが。 今までそのピアノで人を感動させていたのは。 単なる偶然だ、」
そして厳しい一言を浴びせられた。
「偶然・・?」
真尋は呆然とした。
「計算のない、その場その場でかわる微妙な間。 ゆらぎ。 きちっとした演奏をしてたら、たぶん人の心には残らない。 曲の本来の姿を壊さないものすごいギリギリのところでおまえは自分だけの『間』でピアノを弾いていた。 それはたぶんきくたびに違っていたんだろう。 人は毎日同じ食べ物を食べていたら飽きる。 同じメニューでも微妙に味付けが違っているものに惹かれる。 だから毎日食べられる。 それと同じだ。」
巨匠のその鋭い分析に真尋は口がポカンと開いてしまった。
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