第121話 Sturm~嵐(1)
「まったく。 めんどうなのをよこしてくれたもんだな、」
静かな部屋でシェーンベルグは電話をしていた。
相手はNYのフェルナンドだった。
「先生しか。 彼を任せられないと思ったので。 でも、私が直接口を利くよりも彼がどうやって先生にコンタクトをとるのかと。 興味があって。」
「とんでもない暴れ馬だ。」
「まあ。 それでマサが諦めてしまったら・・そこで終わりかもしれないとも思いましたが。 そうですか。 コンクールに向けて頑張っていますか。」
「大きな賭けだ。 コンクールに通るレッスンをすることで。 今までのあいつの長所は全部吹っ飛んでしまうかもしれない。 普通の『ただの』ピアニストになってしまうかもしれない。」
「・・ええ、」
「でも。 これをもし乗り越えたら。・・どうなるか、」
「ぼくは。 ただ彼がいいところが全面に出るようにレッスンをしてきました。細かいことを言わない方がどんどんと伸びて行ったし。 彼は2年半のブランクがあります。 それを埋めるためにはとりあえず技術なんでしょうが、ぼくはその前に彼の色を出したかった、」
「まあ。 そのおかげで『人に聴かせる』ピアノは完全に習得できているようだな。 聴く人間の『ツボ』をきっちり押さえている。 あとは。 ヤツの根性がどこまで続くか。 集中力はすごいが切れるのも早い、」
それにはフェルナンドも笑って
「ま。 かなり感覚が人間離れしていますから。 先生ならきっと彼を今以上に大きくしてくれると思っています。」
真尋は自分の知らないところで『改造計画』が施されているとは全く気づいていなかった。
一方絵梨沙は心配していた。
この頃真尋と連絡が取れない。
忙しいのかと思うのだが、やっぱり声が聞けないと不安になってしまう。
電話を握り締めながら小さなため息をついた。
その真尋は。
「だから!! 違う! 違う!!」
「だからどこが違うんだよっ! 何が違うかわかんねーんだよっ!!」
「違うったら違うんだ! もう一回。」
得意な曲ばかりだったはずなのに
練習をし始めると、もうシェーンベルグからダメ出しの嵐だった。
「ごまかすな! きちんと弾け!」
とにかく厳しい。
「も~~~、そんなに怒ると頭の血管切れっぞ、 クソジジイ・・・」
日本語で悪口を言うと、必ずまるで通じているかのようにジロっと睨まれた。
得意な曲までいじられて、真尋は非常に調子が悪かった。
自分の思うように弾くことができない。
とにかく楽譜をきっちり再現させられる。
正確さばかりを強調された。
家でひとりでピアノを弾くと、もう何がなんだかワケがわからなくなり
今までどうやって弾いていたのかも、わからなくなってしまった。
「なんだよ、暗いなあ、」
『Ballade』でもその苦痛が顔に出てしまう。
「あ? もーなんか・・調子でないっつーか、」
グラスにビールを注ぎながらため息をつく。
「ねえ。 たまにはさ。 弾いてみたら。」
常連客のその言葉に
「え・・?」
真尋はピアノを見た。
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