第16話 Eine Öffnung~はじまり(16)

G線上のアリアだってことはすぐにわかった。



穏やかな曲なのに



その音が聞こえたとたん



人々は会話を止める。



うそ・・




息が止まった、はオーバーだけど



止まりそうだったのは本当。



だって



そのピアノを弾いていたのが



『彼』




だったから。




黒のスーツに身を包んで。



いつもの穴のあいたジーンズを履いてヨレヨレのTシャツを着ている彼とはまるで別人で。



ううん



その服装だけじゃなくて



ピアノを弾くその横顔は



怖いくらい目が光っていて



凛として。





ピアノバーのピアノは


あくまでBGMだ。



みな周囲の空気と同じようにそれが溶け込んでいるのが普通なのに



不思議に



彼のピアノは嫌でも耳に入ってくる




耳、ではない。



身体に入ってくる。




今までどれだけ聴いてきたかわからないこのスタンダードナンバーが



初めて聴く曲のように



音がきらめいて



みずみずしくて・・





そして彼はふっと顔をあげ、目が合った。



するとにっこり笑って少しだけ首をかしげておどけた。




嬉しそうに



本当に楽しそうに



ピアノを弾いて。



間違いなく私の心にその音が刻まれていった。

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