第17話 Eine Öffnung~はじまり(17)

私がそうとう驚いているのに気がついた父が



「彼がね。 バイト紹介してほしいって言うから。」



と声をかけてきた。



ハッとした。



「バイト・・」



まだぼうっとしていた。



「言葉を早く覚えたいからって。 学校だけじゃまどろっこしいから、実際働きたいって。 すごい突飛なことを言いだすなあって。 でも。 彼のピアノが生かせるんじゃないかって、すぐにフランツの店を思い出してね。 お願いしたんだ、」



そのいきさつを話してくれたけど



そんなことはどうでもよくて。






曲が変わった。



シューベルトのセレナーデ。



お客さんたちはみなお酒を飲むのも忘れているみたいで。



私もその中の一人だった。




「不思議な子だろう? 曲の解釈を言って聞かせなくても。 もう全部わかっちゃってるみたいに。 自分の想いをピアノに出すことは簡単そうで難しいこと。  それを教えなくてもできる子なんだ。 逆に『ああ、この曲はそうだったのか、』って新しい発見さえする。 微妙な間や音の強弱、その感覚がズバ抜けている。 」



父はさらに彼の素晴らしさを説明してくれた。




そこに



「しかも。 少しレパートリーを増やしてほしいって言ったら。 2~3度他のピアニストが弾いてるのを聞いただけで弾くんだから。 耳が人並み外れていい。 だから・もうドイツ語もいつの間にか会話程度ならペラペラだ、」



いつの間にかにフランツが来ていた。



まだ



彼がここに来てからたぶん1か月も経っていない。




信じられなかった。



その超人的なエピソードは



私を驚かせるには十分すぎたけど



それよりも




彼のピアノが。



巧く説明できないから一度聴いてみるといい。




そう父が言ったことが身にしみてわかってしまった。




2曲を一気に弾き終えて、店の客からは拍手が起こった。



彼はにっこり笑って立ち上がり、おどけて宮廷風のお辞儀をしてまたその場が湧いた。





彼は2時間ほどそこでピアノを弾いて仕事を終えた。



「いや~~、来てくれたんだァ! 嬉しいな~~、」



着替えてきた彼は私の横にやってきた。



もう



いつもの『ヘンな人』に戻っていた。

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