第14話 Eine Öffnung~はじまり(14)

「や、野球って・・。」



もうびっくりすることばっかりで。



「うん。 なんかね。 甲子園目指したくなっちゃって。 ガーっと! ピアノやりながらなんとかちょっとずつは続けてたんだけど。 先生がもう野球やめろってゆーから。」



そりゃ



そうよ。



野球なんかして指を怪我したら、



私は至極当然の考えが頭に浮かんだ。



「だから。 んじゃあ、ピアノやめて野球やる!って。 言っちゃった。」



そんなことなんでもないかのように



彼は豪快に笑った。



「だからさー。 2年半はピアノに触んなかったし。 最後の夏の大会で都でベスト16まではいったんだけどな~~。 これでも5番打ってレギュラーだったんだよ? ま。 気が済んだってゆーか?」



びっくりして



もう言葉が出てこなかった。



この人は



一番大事な16からの2年半をピアノに触れることもせず。



野球なんかやって。




気が済んだと言ってまたピアノに帰って来たっていうの?




ピアノだけが全てだった自分からしたら



あまりに非常識で。



しかも



このウイーンの名門の音楽院に実技だけでパスしてきたという



この人が



すごくすごく



いいかげんな人のような気がして。



許せなくて。




そのまま無言で彼に背を向けてずんずんと歩いて行ってしまった。



そんな私に



「また怖い顔してるよ~~。」



余計な一言を浴びせた。



涙が出そうなくらい



悔しかった。





それから



さらにコンクールに向けてピアノ三昧の毎日になった。



「もうそれくらいにして。 絵梨沙も少しは息抜きでどこかにでかけたら?」



休日も一日中父のところでピアノを弾く私に父が逆にそう言うくらいに。



「・・別に。 行く所もないし。 なんだかピアノを弾いていないと・・不安なの。」



あの



『ヘンな男』



のことが。


いつもいつも不思議に脳裏に浮かんでしまって。



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