第12話 Eine Öffnung~はじまり(12)

彼の言っている意味が



最初はわからなくて。



「な・・なに言ってるの?」



思わず聞き返してしまった。



「だから。 ピアノ弾いてるときさあ。 すんげえ怖い顔してっから。 もったいねーなァって。」




彼はピアノに肘をつくようにリラックスしながら言ってるけど。



自分ではそんなつもりは全くなかったし



人からそんなこと言われたのも初めてだったから




「こ、怖い顔って! どういうことよ!」



思わずムキになって言い返してしまった。



「だってさあ。 ぜんっぜん楽しそうじゃないし。」



こんなに自分が怒っている事がバカバカしくなるくらい



彼は平然としていた。



「ま。 どっちにしろ。 美女だし。 いいんだけど。 ねえねえ。 今日はどっかでメシ食ってかない?」



わなわなと震えるような気持ちだった。



バッグを勢いよく手にすると、走るように練習室を出て行ってしまった。





なんなの!?



いったいあの人は!!



どんな顔してピアノ弾こうが、私の勝手じゃない!!



なんであんなヤツに



そんなこと言われなくちゃなんないのよ!!




無性に悔しくて。



ぐっと唇を結んだ。



『ぜんっぜん楽しそうじゃないしさあ・・』




そうよ。



私はピアノを誰よりも一番になりたくて弾いてるんだから。



誰にも負けたくないと思って弾いてるんだから。



遊びでやってるわけでもなんでもない。



いつか



世界中からオファーが来るような



一流ピアニストになって世界中を駆け巡って・・




ずんずんと勢いよく歩いていた足が



止まった。




そうよ。



私は



他のことに全く目を逸らさずに



ピアノだけでここまで生きてきたのに。



周りの女の子たちが



おしゃれをしたり



デートをしたり



そんなことをしている間も



ずっとずっとピアノを弾き続けてきたんだから。




全ては



その夢のために。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る