第9話 Eine Öffnung~はじまり(9)
「絵梨沙の担当のケルナー先生も素晴らしい先生だから。 安心して任せられると思うよ。 」
その晩
父と外で食事をした。
「うん。 厳しい先生だけど情熱を持ってレッスンをしてくれるのが伝わってくるし、」
父と話をしながらも
あの『彼』のことが気になって仕方がなかった。
彼の存在ではなく
彼の『ピアノ』が。
「さっきの人・・」
「え?」
「さっきの。 あの人。 本当にそんなにすごいピアノを弾くの?」
父は彼のことを言っていることがすぐにわかって
「ああ。 マサのこと? パパもたくさんの生徒を今まで持って。 もう数え切れないほどの生徒を見てきたけど。 その中のどこにもいないタイプの子かなあって、」
「え・・・」
「いや。 プロのピアニストの中にも。 ああいう弾き手は初めてかも。」
ますます
わからなくなった。
「そんなに巧い人なら。 私が知ってても当然なのに。 でも彼のことなんかこれっぽっちも知らなかった。 いったいどういう人なの?」
自分は
もう日本国内の同世代の中では負ける気がしないと思っていた。
コンクールに出れば、たいてい優勝をさらって。
それだけの自負だってあった。
父はその私にもないものをあの彼に見つけた、と言うのか。
「うん。 コンクールはね。 最近はほとんど出てないみたいだよ。 小学生の時に1度だけって・・言ってたけど。」
「そんな人が・・どうして??」
イライラしてきた。
そんな経歴のない彼のピアノのどこがそんなに素晴らしいというのかと。
「うーーん。 口で説明するのは難しいね。 絵梨沙も一度聴いてごらん。」
父はにっこりと笑うだけだった。
焦らされているようで、すごく不満だった。
ウイーンに来るに当たって、父は一緒に暮らそうと言ったけど
ひとりでやってみたい、と言って学校の近くにアパートを借りた。
何だかママに悪い気がして。
それも心にひっかかっていた。
母と二人暮らしの時も家のことはほとんど自分ひとりでやっていたので、特に一人暮らしになって不自由をすることはなかった。
「じゃあ。 きちんと戸締りをするんだよ。」
父はアパートの前まで送ってくれた。
「大丈夫よ。 私はママよりしっかりしてるんだから、」
そう言うと
ちょっと複雑そうな笑顔でうなずいた。
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