第2話 Eine Öffnung~はじまり(2)
「あのね。 桜井先生は真尋のピアノの先生なんだよ。」
このお客さまが誰かと思っていると、お義兄さんが説明してくれた。
「え・・真尋の?」
お義母さんの隣に腰掛けながら、意外なお客さまに少し驚いた。
「はい。 『最初』と『最後』の。 です。」
その人は
やっぱり優しい笑顔でそう言った。
「『最初』と『最後』って?」
その疑問に
「真尋がピアノを真剣に習い始めた時の最初の先生だったの。」
お義母さんが説明してくれた。
「それから。 私がウイーンに行くことになって。 一度、彼の先生を辞めてしまったんだけど。 日本に戻ってきてから少ししたころ、真尋が野球を辞めてまたピアノをやりたいって来てくれて。 しかも、ウイーンに留学なんて言い出すから・・もう死ぬほど頑張らせましたよ、」
真尋の『先生』のその人は懐かしいことを思い出したように笑った。
「そう、だったんですか。」
真尋がいろいろあって高校に入学した時から2年半、ピアノから離れて野球に打ち込んでいたことは知っていた。
普通
そんなことでピアノから離れたら
この世界に戻ってくるなんて常識から考えたらむちゃくちゃなことで。
ピアノしかなかった私からしたら
そんな真尋の歩んできた道が
天地がひっくり返るくらいのオドロキだった。
「今度日本クラシック音楽協会の理事長になることになりました。 ホクトさんにもお世話になるのでご挨拶に伺ったら・・真太郎くんがいらしたので。 懐かしくなって。こちらまでおじゃましてしまいました。 お母さんにも久しぶりにお会いして・・」
桜井さんはお義母さんを見た。
「ホント。 先生の顔を見たとたん。 昔のこと思い出しちゃってね~。 いろいろあったなって。」
お義母さんも笑って頷いた。
「真尋は桜井先生のあと、もう・・何人先生変えたかな、」
お義兄さんも懐かしく思い出しているようだった。
「さあ。 もう忘れちゃうくらいだったわね、」
「真尋のことやから。 めっちゃ反発しそうやもんな、」
お義母さんも志藤さんもそう言い合って笑った。
「でもね。 不思議に桜井先生の言うことだけはきいたわよね。 あの子、コンクールに通る弾き方を強要する先生が大っキライでね。」
何だかその頃の真尋のことが脳裏に浮かんできてしまってクスっと笑ってしまった。
「楽譜なんかロクに読めなかったころから、私が1度弾いた曲をすぐに再現できた。 長いことピアノを教えていたけどこんな子には初めて会いました。 いや、そんなオドロキではなかったな。」
真尋の唯一のコンクール優勝が
小学生の時の全日本音楽コンクールで
その時のトロフィーや賞状も自分の部屋にではなく
今もこの両親の住むリビングの居間にひっそりと飾られていることも
知っていた。
真尋はコンクールでの看板なんか鬱陶しいだけで
彼は何よりも聴いている人の心をぎゅっと掴むことが楽しくて
ピアノを弾いている。
今だってそれはかわらない。
コンクールでいい成績を残すことばかりを考えてピアノを弾き続けてきた私とは
正反対のピアノ人生を送ってきた。
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