第2話盗賊とアリア
アリアが、足を引きずるようにして家に帰ってみると祖母しか居なかった。
「お婆様、怪我人はどこなの?」
「やつなら昼間、気がついて、大急ぎで出ていったぞ。わしの用意した薬も持って行かず、元気なものだ。……そうじゃ。そなたに書置きがあるのじゃ」
「書置き?」
見れば近くの机に紙が置かれていた。書かれた内容に女は目を疑った。
【娘、お前は旅に出ようか迷っているな。俺と旅をする気があるなら荷物を纏めて、今宵の真夜中までに、村の入り口の門に来い。 信じてくれなくても良いが……待っている。 ユリア賊頭ジャン=エミニー】
「笑える置き手紙だろう。誰が盗賊の罠にかかるものか。……おい! アリア、そなた――」
祖母がいぶかしんだのも無理は無い。
アリアは腕を組んで考えている様子なのだから。
「……良いかも知れないわ。もう、あの人には悪意なんて無いわけだし……」
「それもそうだが、何故旅をしたいと知っているのだ? わしは言っておらん」
「確かにそうだけれど……女の一人旅は確かに危険だし、あの人薬持って行かなかったのでしょ? だったら持っていって、ついでに話だけでもきければ」
そこまでいうと祖母は諦めたようだった。
「せめて護身用になにかもっていくとよい。甘い考えだと思うのじゃがな」
その意見がこの祖母の精一杯の愛情表現なのだった。
アリアは祖母に感謝しつつ、一応書置きの通りに荷作りを開始した。
「よし。こんなものかな。じゃあ行ってみますか」
「そんなに少ない荷物で行くのかい? 食糧と衣服、金を入れておいた。役立てるんだよ」
アリアは今までの態度を後悔した。
「解りましたわ。義母さま、いままでお世話になりました」
深々と頭を下げてから外に出る。
結局、少量の荷物に薬、用意してくれた袋を持って、家をでた。
☆☆☆
村の入り口まですぐそこだ。
しかし、とろとろ歩いていれば、刻限になってしまう。
「急がないとね」
走って息が切れたころ、入り口の目印の場所の前に人影が見つかった。
腰まである銀色の髪を靡かせて長身痩躯の男が立っていた。
男が口を開いた。
「よう。まさか信じて来てくれるとは思わなかったぜ」
飄々とした態度についうっかり本音がこぼれる。
「話を聞きにきただけよ。あと忘れ物を届けに」
女は手にしていた紙袋を男に押し付けた。
「そういや、そんな事、言っていたか」
紙袋を開けてみるとビンに入った緑色の液体が入っていた。
「……毒薬じゃないよな?」
「お婆様が作ったものは大抵こんなものよ。
効き目は確かなんだけど……味は知らないわ」
事実を告げると男は何も聞かずに袋にしまった。
「素姓の分からない人の前では弱みを見せないのね。さすがだわ」
「何が聞きたい? たいていは答えられると思うぜ。あんたの正体も」
アリアは素直に、気になっている質問を始めるしかなかった。
「それはどうも。……なんで私の種族がわかったの?」
きけば大きく口をあけて、豪快に笑った。
「単刀直入で分かりやすいな。俺には知らない顔で居られるやつがわからないね」
「……じゃあ、なぜ私が旅したいとおもっていることがわかったの?」
「あんたの顔だな。苦しくて、此処からはなれたいって感じだったからさ」
顔を見ただけでそこまで察しがつくのかとアリアは驚きを通り越し青ざめた。
「あんたは思ったことが顔に出すぎだからわかりやすいんだよ」
「ただのカンなのに、そんなこと言われたのは初めてよ」
しばらく二人は黙っていたが、結局、女が核心にふれることになった。
「……あなたが思っている私の正体って何?」
「あんた
わかっているのなら仕方なかった。
男の眼はアリアを見るでもなくただ遠くを見つめていた。
「まぁ。そんなことはいいんだよ。それよりも旅をしたことはあるのか」
少し考えてから女は瓶を開け、逆さにした。
昼間と同じように液体が流れ出てやがて一人の男性を形成する。
「レイ、出てきな」
女は小瓶を懐から取り出し蓋を開けた。液体が靄へと変わり、
最後には美形の男が現れた。
「おい、さっきの話を理解してないだろう。大体、素直に認めずに嘘くらいつけ!」
「ウルサイよ。元はといえばアンタが手を出すのが悪いんでしょ」
そのせいで正体がばれたんだからと低い声で言うと零はバツの悪そうな顔をした。
その会話を聞いてジャンはにこやかに笑った。
「全くなんてことだ。こんな男にたぶらかされてるなんて。
おまえも少しは弁解しろっ!」
悲劇の主人公のように悲嘆にくれる美男はアリアに向い、どなり散らした。
アリアは怒りで顔を真っ赤にして、否定する。
「あんたに言われたくはないわよ」
「どうせ俺の言うことなんか聞かないんだろ。あんたを信用する」
レイはそそくさと進路をどうするかを話し始める。
「旅についてだったな。俺は死ぬ前に政治の仕事をしていたからな。
世間のどろどろはお手の物さ。あんたのおかげで心に巣くっていた悪意がなくなったんだ。あんたらには感謝している。
以前に風のうわさで寿命を延ばすって奴がいる村があったぜ。行きたいんじゃないか?」
礼がしたいという真摯な姿にアリアの心は動いた。
「自分で言うのもなんだけど私にはたいしたお金なんてもっていないし、誰でも信じるからよく甘いっていわれるわ……それでもいい?」
「いいぜ。どうせ俺も大してまとまった金なんてないからどっかで稼がないとな」
この村にはお金で取引する習慣があまりない。
だからものを手に入れる時は物々交換が主流なのだ。
「だけど、剣は大体扱えるし、物の価値ってわりとわかる方だから旅には向いているのかも」
ジャンは薄く笑った。
「それだけ出来れば上等じゃねぇか。
だったら男と一緒に働いたほうが、金になるんだぜ」
「どうしてそうなるの?」
「簡単さ。女は世間一般に気が利いて、仕事が丁寧だからな。
力仕事は男がやればいいんだからな」
「そんなの偏見よ。雑な女だって存在するわよ」
ジャンは呆れ顔をしたが、何も言わなかった。
そしてジャンの言う通りアリアは始めての旅にでた。
ほんの少しの期待と絶大な不安を抱いて……
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