霊神物語

朝香るか

第1話村と予言とある女性


 この物語は、ある国に遠い昔から人々によって語り継がれてきた話である。

 と言っても周囲の国から見ればまだまだ小さい国でのこと。

 ある国ではあるが治安は良く平和に暮らしていた。

 彼女は生まれた時から一つの小瓶を手にして離さなかった。


 養い親は離そうとしたが小瓶を少しでも遠ざけると火がついたように泣き出し、

 しまいには高熱を出してしまうことすらあった。

 そのため誰も彼女から小瓶を離すことが出来なかった。

 彼女はアリア=サンと名付けられ18年を過ごした。

 黒髪のロングヘアとなったアリアは町でも有名な美女になった。

 そんなある日に異変が起こった。


 彼女の住む村が賊に襲われ、

 あるだけの金品を要求されたのだった。

 賊の頭らしき男はこういった。


「女、大事に持ってるそのビンを渡せ」

「嫌よ。これは渡せない、大事なものなのだから」

「渡さなければ村を破壊し尽すまでだ」

 男は剣を振り回して喚いている。


「……わかったわ。だから、剣を振り回すことはやめて」

 そうして瓶を渡す。

「おとなしくそうしていればいいんだよ」

 小瓶を受けとった男が小瓶をあける。

 すると男は腹を押さえて苦しみだした。


 鈍い音を立てて男は倒れた。

「馬鹿な奴。あんたに使える訳がないのに」

 アリアはそう言うなり倒れた男から小瓶を取り上げた。

「これはあんたのような欲望の強い人が開けていいものじゃないの。……誰か医者を。このままでは死んでしまうわ……お仲間は?」


 これには家の影に隠れていた祖母が答えてくれた。

「みんな逃げたよ。残ったのはその男だけじゃ。こやつはわしがみてみよう」

 腰の曲がった祖母ではあるがそう見えて村一番の名医だ。


「外傷は無いし、脈も呼吸もしっかりしておるな。……ざっと見たところ気を失っただけじゃ。家に運んでおこう」

 娘に再び顔を向けた時、祖母は厳しいまなざしだった。

「何をしておった」

「別に何も。ただ瓶を貸しただけよ」

「レイは出しておらんのだな?」

 疑いの視線に彼女はうんざりしながらも答えた。


「開けただけだから、多分ね」

「村人にばれぬ様にせねばならんぞ」

「分かってる。もうすぐ村を出るから。あと少しの辛抱だからね。お婆様」


 絶句した祖母を残し、村はずれに走って行った。



 ☆☆

 いつもの来ている村はずれの御神木の下に来たところで息を吐き出して小瓶を開けた。

 逆さ記した小瓶からは靄のような液体が流れ出て、アリアの体に纏わりつく。


 やがて男性を形成する。


「まったくどういう神経してるんだ。

 ただ人に渡すなんて。お前って馬鹿なのか?」


 開口一番そうどなった美形。

 かなり美しい顔と低音の美声は見る者を虜にする。

 特に睨んでいる姿が何より美しい。


「はい。分かってます。反省してます。もうやりません」


 アリアは謝っているのだが、相手の恨みはそうそう簡単に消えそうにない。


「無能とはお前の事だ。大体、何で私の主がお前なんだ。ふざけるな!」


「ごめんね。こんな主人で。そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!

 あの男に何をしたの?私に責任がかかるのだからね」


 すると彼は打って変わって冷静になり、素直に答えた


「アイツの悪意を吸い取って気を失わせただけだから大丈夫だ」

「それだけなのね。――よかった」

「けど……アリア、あんまり他人の悪意を吸いとると気が狂うぜ。

 俺も気をつけているが」


 レイは悪意が好物なのだ。

 喰らわなければレイが死ぬことになる。


「それ、実行している本人が言うことじゃないわよ。……わかってるから」

 彼は不服そうにアリアを見たが何も言わなかった。


「レイ、言いたい事は終わったわね。

 次は私の番よ。もう村を出たいの。隠していることに疲れたのよ」

「は?」

 突然の告白に呆然とする美形男をよそにアリアは続ける。


「わたしたちは数少ない霊神族。

 龍国のまったく悪意が無い空気と違い、この世界には悪意に満ちている。

 人の悪意を吸い取ればそれだけ、寿命が短くなる。

 そうよね? でも私はそれでいいの」


「なんでもいいけどな。ま、神が死んだら影である霊も死ぬ。

 つまりお前が死んだら俺も死ぬってわけだ。

 どんな結論でもいいが、それだけは忘れんなよ」


 素っ気なく言い放ち小瓶の中へ戻ってしまった。

 女は日が沈むまでその場を動けなかった。


 

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