第3話 舞踏会
「…もう、嫌なのです」
今度はその言葉が、フランツの頭を巡回し続けていた。
彼女は、何を考えている。
国を背負わなければならない立場なのは、理解しているハズだ。それでも確かに現実から逃げたいと言った。
……何が、彼女をそこまで追い詰めている?
「あぁ、いたいた。ここにいましたか、フランツ殿」
「マクミラン卿?今日の仕事はもう終えたのですが、何か用でも?」
仕事を終え、家への帰路へつこうとしていた矢先、卿に声をかけられた。いつもとは、違うパターンである。
「実はですね、フランツ殿。今日はこの後すぐに舞踏会が控えておりまして、貴方の着付けた衣装を身に纏ったお嬢様方が出席されるのですが、見に行かれませんか?」
「舞踏会?あぁ、そういえば見たことありませんでしたね」
「普段は、市民身分は立ち入り禁止なのですが、特別にお嬢様方には許可をとっております。お嬢様方も、貴方ならと二つ返事で了承して下さいましたよ。加えて、貴方の日頃の手腕を褒めてらっしゃいました。これを機に、また明日から仕事に励んで欲しいと」
何とも、貴族らしい言い分である。
『励んで欲しい』とは少々、鼻につく言葉だが、フランツは快諾した。家に帰っても、やることが無かったからである。
あくまで、気軽な気持ちで返事をしていた。
–––––––––––––
マクミラン卿は、ゆっくりと荘厳な造りの扉を開けた。
その後に、フランツも続く。
「すげえ…」
大理石で出来た規格外に巨大な空間。
中央の天井には、二人分はあろうシャンデリア。天井から繋がる黄金の飾りが、豪華絢爛な空間を豊かに彩る。
そんな中に、100人はいるだろうか。
ぎっしりと詰め込まれた貴族たちが、似合わない喧騒に包まれている。
「…あそこにいますよ。お嬢様方」
マクミラン卿の指さした、先。
フランツのお手製ドレスに身に包んだ王女たちが、それぞれ世間話しに華を咲かせているのが確認出来た。
2人は、影から彼女らを見守る。
長女と次女は、それなりに頑張っていた。
大事な舞踏会、彼女らも次回もいい方向に繋がねばならないため、それなりに努力が必要だ。時折笑顔を出しながら、うまく会話を成り立たせていた。
「…エリーゼ様は、つまらなさそうですね」
一方の三女、エリーゼは酷くつまらなさそうにしていた。
会話も相槌を打っているだけのように見える。それ以上に、感情が表情に出過ぎていた。
「どうしたものか…。エリーゼ様は、最初の舞踏会からあの調子なのです…。孤立しがちで、誰ともコミュニケーションを取りたがらない」
心配そうな表情でマクミラン卿は、エリーゼを見ていた。
それも束の間、一斉に会場のライトが反転した。
昼間なのに、夜会のような薄暗いライトアップに変わり、妖艶な雰囲気が辺りを支配する。
「…しかしながら、あの才能には誰も勝てませぬ」
「…えっ?」
一斉に、舞踏会の本番、ダンスが始まった。
予めセッティングしていたであろう、オーケストラが小さく音を奏で始める。長女と次女は、三女の方を微かに見た。
視線に気がついたエリーゼは、少し下を向いた。
俯いた表情から、何かを悟ったように小さく頷いた。彼女は表を向き、踊りの一歩目を小さくも、大きく踏み出した。
「……なんだ、あれは…」
フランツは呆気に取られていた。
視線の先。エリーゼは、舞っていた。
軽やかなステップで、音楽に合わせながら舞う。
それは、羽根を生まれて初めて授かった蝶の様に、儚くも美しく羽ばたく。側にいる紳士と時折手を取り合いながら。
表情は艶やかに、さらには太陽の様に弾ける笑顔を織り交ぜながら、周りの人を魅了していく。
一瞬にして、会場の視線全てがエリーゼに集まった。
感嘆とした表情で、紳士が一気に彼女の片腕を狙いにいく。
「…あれが、エリーゼ様の才能。誰も真似することが出来ない、『神のダンス』なのです」
マクミラン卿がそう捲し立てた。
しかしながら、フランツは一歳その事を聞いていなかった。
というより、耳に入っていなかったのである。
それよりも、影で見守っている立場である筈のフランツでさえ、彼女の表情、動き、一挙手一投足に夢中になっていた。
「……主人公、じゃないか」
フランツは、そう呟いた。
第一幕の舞踏が終了し、紳士淑女が一斉に最初の喧騒の構図へ戻っていた。
マクミラン卿は、いつの間にか帰ってしまっていたらしい。
そんな事にも気がつかず、フランツはまだ呆けた表情でその場に立ち尽くしていた。
「…あら、フランツさん。いらしていたんですね」
横から声をかけられた。
目の焦点を何とか元に戻すと、そこにはエリーゼが立っていた。
若干の汗が額に滲みながらも、漂然とした表情でフランツに話しかけている。
彼女も一番の視線を集めた所為か、やや豊かな表情でこう続けた。
「私、諦めていませんからね。先程の話。フランツさんが、考え直してく」
「–才能だ」
エリーゼの言葉を遮り、放たれた言葉に、彼女は目を丸くした。
「エリーゼ姫。貴方はこの世界に残るべきだ。あの才能は非凡すぎる…。この貴族社会、いやこの国すらも動かしてしまうかもしれない才能だ。貴方は、神に選ばれし子なんだ…!」
フランツは、興奮気味に彼女の両肩を掴んだ。
「…有難う……ございます」
彼とは対照的に、彼女はやや悲しそうな表情で下を向きながら、そう答えた。
そして、饒舌にフランツが続けようと口を動かしたのも束の間、エリーゼは背を向けて歩いて行ってしまった。
「エリーゼ様…」
良かれと思って口に出したセリフも、彼女には響いてなさそうだった。
それはそうか…、とフランツは肩を落とした。
わかっている。
先程の話から、そう言われても嬉しい筈がない。
「(…でも、これで良いんだ)」
きっと、自身の才能に感謝する日が来る。
我々は、何も出来ない。
ただ、彼女の輝かしい未来を、見守っていくだけ。
……そう、それがベストの選択。
「クソッ!」
フランツは壁を拳で殴打した。
衝撃が、骨を伝って脳を刺激する。
「もう俺も、相手の気持ちを考えない正論をツラツラと並べるのは嫌なんだ…ッ!」
フランツは走り出した。
舞踏会の会場を勢いよく後にする。
「マクミラン卿!エリーゼ姫はどこだ!?」
「フランツ殿?はて、いつも舞踏会の後はそそくさと自分の部屋に戻られる筈ですが」
「ありがとう!」
血相をかいてこちらに向かって走ってきたフランツに、やや困惑しながらもマクミラン卿はそう答えた。
それだけの会話を重ねて、再びフランツは走って消えていった。
「…た、タメ口…??」
走るフランツを眺めている彼は、口からそう漏らした。
「エリーゼ姫!!」
彼女の部屋をノックもせずに、扉を勢いよくドン!と開いた。
昼前と何も変わらない部屋の景色。
その中、エリーゼは窓の前に立っていた。
驚きの表情と共に、こちらを振り返る。
彼女は、泣いていた。
「…フランツさん??どうされたんですか……?」
荒い息に肩を揺らしながら、まるで餌に目を地走らせた獣の様に、鋭い眼光でフランツがエリーゼの元までゆっくりと近づく。
あまりの迫力に、彼女は半歩後退りをした。
そして、エリーゼの腕をギュッと掴む。
「…苦しいのか?」
そうとだけ、呟いた。
「……えっ…」
彼女は、目を見開いてフランツの目に釘付けになった。
彼の雰囲気に圧倒されそうになる。迫力のある表情に、瞬きすらする事が出来ない。
なんて、儚い表情なのだろう。
彼女の涙で赤く染まった目を、フランツはじっと見つめていた。静かな数秒が2人を支配する。
そして、フランツは再度口を開いた。
「……逃げたいのか?」
再びの静かな数秒。
やがて、エリーゼは大きく息を飲み、目を合わせながら一つ頷いた。
それを見て、フランツは口元を歪ませ、ニヤリと笑みを浮かべた。
「…外の世界は、自由で楽しくてもう戻れないぐらい危ねえ所だぜ。それでもいくか?」
彼女の頬に再び雫が垂れた。
口に手を当てながら、再び大きく頷いた。
「(……あぁ、…この人は、私を一人の人として…)」
初めての激しい感情。
その瞬間、掴まれていた腕をギュッと引っ張られた。
「行くぞ!外の世界へ!」
二人は走り出す。
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