第4話 自由な外の世界

どれだけ走っただろうか。


呼吸をすることも難しいぐらい、絶え絶えになった息。

それでも、エリーゼは幸せだった。


何年想い、憧れただろうか。

叶わない、儚い夢だと思っていた。


それが、今叶うのだ。






————————————







「ハァハァ…」


自由な外の世界の、街の一角。

屋敷の中と何も変わらない温度、湿度、空気。


それでも、彼女の目には違って見えた。

新鮮な空気の匂い。


「…ここが、外の世界」




酸いも甘いも噛み分けた老人、元気に走り回る子供、行き交う人々。問屋、酒場、八百屋、土産屋。

笑顔で幸せそうな人々が交わる、街。

本を読んで想像した世界がそこには広がっていた。


「…どうだ?外の世界の空気感は?」


初めてみる光景に、目を泳がせていたエリーゼの後ろからフランツがそう声をかけてきた。


「…もう…、さいっこうッ!です…」


「なぁ、エリーゼ。外の世界には、身分差も何もない、全てが平等なんだ。勿論、ここにいる時点で、俺らも平等。敬語なんか使ってたら、逆に浮くぞ」


それを聞いて、エリーゼはニッコリと笑った。


「…うんっ!」


それを見て、フランツは穏やかな表情で口角を上げた。


「(…この娘に必要なのは、地位や名誉じゃねえんだな)」


彼は、彼女を眺めているとある事に気がつき、手に持っていた鞄をガサガサと漁り始めた。

そして、一つ。ブラウンの服を取り出す。


「…なぁ、エリーゼ。その服だと少々目立つ。これに着替えてから、街を楽しもうぜ」









エリーゼは茶色の服に着替え、街を歩いていた。

行き交う人々が新鮮で、まるで何も知らない子供の様に目をキラキラと輝かせている。


「なぁ、エリーゼ。ソフトクリームって知ってるか?」


「そ、そふとくりーむ…?」


「貴族は上品な氷菓子しか出ねえもんな。最近、この街にも入ってきて流行してるんだよ」


そう言って、フランツは近くの出店に入ってき、二つソフトクリームを持ってくる。差し出された白く冷気の漂う、渦巻き状の物体に、彼女は少々不思議そうな顔で見つめていた。


「食ってみろよ。美味いぞ」


エリーゼは、差し出されたソフトクリームを手に取り、言われた通りチロっと先の部分を舐めた。


「…なにこれ…、おいっしいッ!」


我も忘れて、勢いよく食べ始めた。

そして、キーンと頭に響く痛みに、顔を歪める。それを見ていたフランツは、声を出して笑っていた。


「…いった〜」


彼女は、顔を歪めながらゴンゴンと顳顬こめかみを、手の小指球で叩いていると、ふと横目にキラキラと輝く耳飾りが無数に並べられた出店を見つける。


「かっ、可愛いぃぃーーっ!!」


一瞬で目を奪われた。

出店のショーケースの鏡に張り付きながら、エリーゼは耳飾りを食い入る様に見つめる。中でも、目線の先にある一つの耳飾り。


深緑と黄金の花びらがあしらわれた、耳飾りに目を奪われていた。


「あら。お嬢ちゃん、イヤリングは初めてかい?どうだい?付けてみるかい?」


店の中から、恰幅の良い中年の女性が話しかけてきた。

薄汚れたエプロンをつけた、いかにも店主といった格好をした女だ。


女は慣れた手つきでショーケースからイヤリングを取り出すと、エリーゼの金髪をサッと耳に掛け、イヤリングを付ける。

イヤリングを付けた自分の姿を鏡で見ながら、エリーゼは驚いたように両手で口を塞いだ。


「かっ、可愛いいいいーっ! なんて素敵な耳飾り…っ!!」


「すっごい似合ってるわよ。お嬢ちゃん!可愛いわねえ!」


その様子を見ていたフランツも会話に混ざってきた。


「どれどれ…。おおっ!すっげえ似合ってるじゃん、エリーゼ」


エリーゼは、目をハートにしながらフランツを見つめた。

いつしか両手は『お願い』のポーズをしつつ、彼をじっと見つめる。


「…うっ…。お、おばちゃん、これ、いくら………?」


「110zゼニーね!」


「ひゃ、ひゃくじゅうッ!?」


フランツは慌てて、財布を取り出した。

財布に顔が入りそうなぐらい近づけながら、お札を一枚一枚確認していく。


そして、あくまで財布の中を見つつ、チラッと目線だけエリーゼの方へ向ける。

彼女は、じっと変わらない表情で目をハートにしながら、お願いのポーズでこちらを見つめていた。


「…ハァ、わかったよ。おばちゃん、これくださいな」


「やったァァァ!」


エリーゼは飛び上がった。


「(…超大富豪の貴族に奢らされる…俺。)」





「毎度、ありがとね!デート、楽しんでねぇ!」


ご機嫌な中年店主に手を振られながら、二人は店を後にする。

すっからかんになった財布を悲しそうにフランツは眺めながら、チラッとエリーゼを見た。

彼女は一緒に貰った手鏡で、髪を耳に掛けながら買ってもらった耳飾りを眺めている。その表情は、幸せそうで、満面の笑みをしていた。


「(…まぁ、こんだけ喜んでくれたらいっか…)」


少し救われた気持ちになったフランツは、穏やかな表情に変わっていった。








––––––––––––––





昼を十二分に楽しんだ二人は、夕暮れの街を歩いていた。


「あぁーーっ、楽しかったーっ!」


エリーゼも十分に楽しんだようで、満足そうな表情でピョンピョンと軽快に歩みを進める。そして、二人はとある店の前で立ち止まる。


店の看板には、『casino』という文字が書かれていた。


「えー、おっほん。姫。これからは夜。夜は昼とは打って変わって、ちょっぴり刺激的でアブねえ街に変わるんだ」


そして、店を指差し、


「入ろうぜ」






店の中は既に多くの人で溢れていて、ガヤガヤと賑わっていた。

何十個もの樽が散りばめられていて、その樽をテーブルにして顔を赤くした男たちがジョッキを片手に喧騒を繰り広げている。


その奥では、樽4つ分ほどのテーブルの上でカードゲームに興じる人々。


エリーゼは、昼とは変わった光景に、再び目を輝かせた。


「ほら、チップをやるから、遊ぼうぜ」


「うんっ!」








フランツは、エリーゼを店に連れてきた事を後悔していた。

それは、何故か。

この娘、信じられないほどの大酒飲みなのである。

そして、酔うと人格が変わる。




「いよっしゃああぁァァァ!これでチップ全部もらいぃぃぃ!」


勝負に勝った上半身裸の屈強な男は、カードを頭上にばら撒いた。


「あぁ、また負けたぁぁぁっっ!」


エリーゼは、プルプル震えながら手に持っていたカードをバンとテーブルに叩きつけた。そして、もう一回と手を合わせる。


「もういっかいッ!もう一回だけ勝負して!お願いッ!」


「お願いって言ったって…、もう嬢ちゃんチップないじゃんか」


男は、そう言いチラリとエリーゼの服を見た。

そして、悪そうな顔をしながら、彼女の服を指さす。


「…まぁ、次は服を脱ぐってなら付き合ってあげても良いけど。ダッハッハハ!!」


「ぐぬぬ……。わかったわ」


おおおおおーっ!

と、会場は大きく盛り上がった。エリーゼを囲むテーブルに注目が集まる。そこで慌ててフランツが静止しにきた。


「ちょっ、姫。お待ちになられて!!流石に服はマズイって!」


「あぁ!?」


人格が変わったエリーゼは、グビグビとジョッキの酒を一気に飲み干し、テーブルに叩きつけながらフランツを睨みつけた。


「良いんだよ、勝てば。勝てば、全部回収できるから」

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