89.身体検査

「悪いけど、お金には困ってないから」


「そこをなんとかお願いできませんか。見たところ身分証を持っていませんよね?獣人の方が初めて人間の街に入られる際には煩雑な手続きが必要になると聞いております。金銭での報酬に追加してそのお手続きを私共がお手伝いさせていただきますので」


 そういえば私は身分証を持っていない。

 孤児なうえにこの国の出身でもないので持っていなくて当然なのだが、無くてもなんとかなるだろうとあまり深くは考えていなかった。

 今の私は獣人の姿に変化しているのだ、人間ならなんとかなることでも獣人ではそうはいかないということもあるのか。

 獣人への差別意識というのもけっこう面倒だな。

 このめんどくさそうな依頼を受けて街に入る際の面倒を商人の力でなんとかしてもらうか、めんどうな依頼は受けない代わりに街に入るのに面倒な手続きをするのか。

 どちらも同じくらいめんどくさそうだが、後者のほうが拘束時間が短そうなんだよな。

 可愛い男の娘なカエデはともかく、ポニテ女やむさくるしい男たちと街に着くまで一緒に過ごさなければならないのは嫌すぎる。

 私は再び商人からの依頼を断る。


「そうですか。残念です。後悔しないといいですね」


「?」


 護衛を引き連れた商人は物騒な言葉を残して去っていった。

 断った腹いせになんか嫌がらせでもしてくるつもりなんだろうか。

 人間社会は何もかもがめんどくさくていけない。

 ユキト以上に私が人間社会に適応できるか不安だな。

 






 街道をのんびり歩くこと15日。

 ちょうど半月くらいをかけて私はついに街に到着した。

 ここまでの道でとくに商人の嫌がらせとかはなかったな。

 私にとって一番困るのはマジックバッグなどの高価なアイテムを盗まれることなので、一応重要なアイテムや現金などの貴重品は全てカプセルに入れてガチャボックスに入れてあるが、それらしい人間が近づいてきたことはなかった。

 普通の盗賊は出たが、商人の息のかかった人材にしてはしょぼい盗賊だったので違うだろう。

 あれは私をビビらせようと適当に放った言葉だったのだろうか。

 わからんな。

 とにかく久しぶりの人里だ。

 私が生まれた街とは比べ物にならないくらい大きな街だな。

 ひろしの記憶でここよりも大きな街を知ってはいるけれど、ひろしの世界とは根本的に街の成り立ちが異なっているのであまり参考にはならない。

 ひろしの国の街は外壁で覆われていないが、この街は5、6メートルはありそうな高い壁に覆われている。

 巨人の出てくる二次元作品のウォールなんちゃらに比べると低い壁だけど、この世界の街の中ではかなり立派な部類に入るだろう。

 休憩所で野営中に盗み聞いた会話から、この街はフリゲート王国のフランドット伯爵領にあるハランカという街らしい。

 特産品があるわけでもない普通の領地だが、私が歩いてきた海から内陸部を繋ぐ街道と王国を横断している大きな街道が交わる要所なので結構栄えている。

 街の中心には領主の居城があるため街の防衛力も高く治安も良い。

 なかなかに過ごしやすそうな街だ。

 だがその分人の往来も多く、街に入る門の前には長蛇の列ができていた。

 馬車用と徒歩用で分けられているだけまだマシかもしれないが2、3時間の待ち時間は覚悟しなければならないだろう。

 それに獣人は初めて街に入るのは大変だと商人が言っていたので気が重い。

 私はとぼとぼと列の最後尾に並んだ。

 身分証を持っている人は比較的スムーズに入門できているようで、思っていたよりも列の進みは早い。

 この分なら1時間くらいで門にたどり着けるかもしれない。

 私はユキトのモフモフの毛皮を撫でながら順番を待った。

 そしてようやく私の番がきた。

 

「ちっ、獣人か」


 私の頭の上の耳を見た途端に衛兵は舌打ちした。

 こんな露骨に差別を受けるんだな。

 ひろしの世界で人種差別をしたとなればSNSで炎上して謝罪や場合によっては賠償を行わなければならなくなるだろう。

 しかし残念ながらこの世界にはSNSは無いので晒せない。

 ムカつくな。

 私は身分証を持っていない旨を話すと、個室に連れていかれた。

 

「身体検査だ。服を脱げ」


「ぶん殴ってもいいか」


 にやけ面でふざけたことを要求してくる2人組の衛兵にムカついた私は、木製のテーブルの角の部分を親指と人差し指だけの力で千切り取ってみせる。

 ギザギザになった角は鋭い爪でキレイに削ってやる。

 丸くて赤ちゃんにも安心のテーブルになったな。

 パラパラと乾いた音を立てて塵と化す木片を見て2人の衛兵は顔を引きつらせた。


「は、反抗的な獣人だな。反逆の意思ありとして牢にぶち込んでもいいんだぞっ」


「別にいいけどそのときはお前ら2人だけは絶対に殺す」


「…………ちっ、少し待て。女の職員を連れてくる」


 2人の衛兵は額から脂汗を一筋流すと、諦めて個室から出ていった。

 身体検査係の女がいるなら最初から出せよスケベ野郎共が。

 男に身体中まさぐられて身体検査されるのは死んでも嫌だが、女なら話が違ってくる。

 おそらくこういうのはおばちゃんだろうが、もしかしたら若くて可愛い女の子が身体検査してくれる可能性もある。

 ドSな感じのお姉さんに隅々まで検査してもらいたいな。

 

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