88.商人

まえがき

 またギフトをいただきました。くれた方ありがとうございます。


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「くっ、貴様、剣の立ち合いに蹴りなど、恥を知れ!」


 ケツを蹴られてつんのめったポニテ女は顔を真っ赤にして怒りをあらわにする。

 なんだか知らないけど怒られてしまった。

 スポーツでやっているわけじゃないのだから蹴りが反則ってのはおかしいだろ。

 

「はぁ、他にも反則事項があったら先に言っといて」


「これは剣の立ち合いだ。剣以外は使うな。それだけだ」


 わがままな女だな。

 私は頷いて了承の意を伝え、もう一度木刀を構える。

 右足を前に出して左足を少し引いた細剣術の構えだ。

 剣先まで神経が通っているかのような繊細な剣さばきと軽快なフットワークが細剣術の強みだ。

 木刀の先をちょんちょんと揺らしてフェイントをかけると、ポニテ女はピクリと反応する。

 やはりこいつの弱点は直情的なところだな。

 小さい頃から武術を習ってきたという言葉どおり、ポニテ女の剣術はなかなかだ。

 正直言って残念ながら私の剣術の腕はこいつには遠く及ばないだろう。

 だがポニテ女は実戦経験が明らかに少ない。

 それにプラスして直情的で自己中心的な性格。

 おそらく剣の稽古でも指導者の話をよく聞かなかったタイプだろう。

 だからこんな簡単なフェイントに引っかかるんだ。

 私は足さばきも混ぜてフェイントをかけまくった。

 案の定ポニテ女は待ちきれずに踏み込んできた。


「はぁ!!」


 また上段だ。

 上段は剣を大きく振り上げる動きなので脇ががら空きになるリスクの高い構えだ。

 それだけ剣を振る速度と一撃の重さには自信があるということなのか。

 確かにポニテ女の身体能力は高い。

 おそらくなんらかのスキルの力だろうが、踏み込みも剣速も人間としては達人を超えた超人レベルの速さだ。

 だが単純な身体能力勝負だったら私が負けることはない。

 狐の力と熟練の小周天のダブルの力で強化された私の動体視力にはポニテ女の動きはゆっくり見える。

 半歩下がることで私の脳天目掛けて神速で振るわれた木刀を紙一重で避けた。

 こいつ私のこと殺しにきてないか?

 先ほどと違って後先考えずに思いきり踏み込んで振るわれた木刀は切り返せない。

 私は木刀の切っ先でポニテ女の鳩尾を軽く小突いた。

 

「うっ」


「私の勝ちでいい?」


「まだだ!!」


 ポニテ女は苦しそうに腹を押さえつつも、木刀を手放しはしない。

 そういえば参ったと言わなければ負けじゃないんだったな。

 面倒な勝負を受けてしまったな。

 何度も何度も立ち向かってくるポニテ女をボコボコにする。

 なんだかいじめをしているみたいで気分はよくない。

 

「くそっくそっなんでっ」


 ポニテ女は涙目だ。

 私は女の泣き顔が結構好きなのでドキドキしてきてしまう。

 やばい奴は私だったようだ。

 可愛い涙目のポニテ女をもう少し観察していたかったが、早朝からドタバタしていたせいで何事かと人が集まってきてしまったので立ち合いはおしまいとなってしまった。






 昨日の残り物で朝食を済ませ、テントを畳んで出発の準備をしていると、数人の護衛を引き連れた商人風の男が近づいてきた。

 よく見れば護衛の男たちは昨日ポニテ女に従っていた男たちだ。

 ということはこの男がカエデとポニテ女がお世話になっているという商人ということか。


「お忙しいところ失礼いたします。少々お話よろしいでしょうか」


 にこやかな笑顔を浮かべ、腰低く話しかけてきた男は見た目20代の半ばといったところだ。

 早い人なら10歳くらいで下働きを始めるこの世界の人の常識で言えば20代の半ばはその道15年のベテランでもおかしくはない年齢だ。

 それを加味したとしても男の身なりは上等なものだった。

 アッシュグレーの髪は短く切りそろえられているがよく手入れされていてサラサラだし、着ている服もおしゃれで洗練されたデザインに見える。

 あまりアクセサリーの類はつけていないが、袖口のカフスボタンが銀製な気がする。

 相当稼いでいそうな商人だな。

 

「なにか?」


「申し遅れました、私サザーランド商会の買い付け担当を務めておりますロベルト・サザーランドと申します」


「はぁ、どうも。私はアリアです」


「アリアさんというのですね。実は今朝の件でお話がありまして」


 あっちが仕掛けてきたのに文句を言いに来たのかと私が少しむっとした表情をすると、ロベルトは慌てて釈明した。

 どうやら文句を言いに来たのではなく、ポニテ女を倒す腕を見込んで護衛の依頼をしにきたらしい。

 護衛ならいっぱいいるじゃないかと思って周りの男たちを見回すと、皆一様に苦笑いを浮かべる。

 なんだその反応。


「いえ、実は護衛自体は足りているのですが……」


 ロベルトの話によれば、あの2人はさる筋から預かった無碍にはできない立場の人間なのだという。

 本来ならば護衛の仕事などしなくていいのに勝手にやり始め、おまけにあちこちでトラブルを起こす。

 主にポニテ女が。

 諫めようにも強く出ることはできないし、そもそもポニテ女の身体能力の高さは護衛たちを上回っていた。

 止めることもできずに好き勝手に行動するポニテ女に振り回されているという状況らしい。

 なんか可哀そうだな。

 そんなわけで、ポニテ女をボコボコにできる私にいざという時に怪我をさせずに止めてほしいらしい。

 面倒だな。

 お金に困っているわけでもないので断ろう。  

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