87.蹴りたいケツ

「凄いな、気配で私が近づいていることに気が付いたのか?」


 ポニテ女はニヤニヤとよくわからない笑みを浮かべながら私に近づいてくる。

 どうやら私の武人ムーブが気に入ってニヤニヤしているらしい。

 しかしこんな時間に他人の野営地に不用意に近づくなんて非常識な奴だ。

 窃盗犯だと思われてボコボコにされても文句は言えないぞ。

 ユキトもポニテ女が近づいていることに気が付いて目を覚ましてテントから出てきた。

 耳をピクピクさせて警戒マックスの様子。

 ポニテ女が少しでも妙な動きを見せれば襲い掛かってしまいそうなほどだ。

 私はユキトの背中を軽く撫でて落ち着かせつつ、ポニテ女に用向きを尋ねる。


「なんか用?」


「いや、朝の鍛錬ができる場所を探していたら貴殿が目に入ったのでついな。私は獣人に興味があるんだ。獣人は自然の中で生きているんだろう?そして強い者を尊ぶ気質を持っていると聞く。貴殿の目から見て私はどうだ?」


「はぁ?どうってなにが」


 わけがわからんのだが、何言ってんだこいつ。

 というか獣人の気質とか言われてもわからんぞどうしよう。

 私は本物の獣人ではないのだ。

 獣人の知り合いもいない。

 孤児院で一緒に育った子供の中に獣人が数人いたくらいだ。

 どいつもこいつもクソガキばかりだったのであまり良い思い出は無いし、気質もよく知らない。

 確かに強い者を尊ぶと言われればそんな行動原理をしていたような気がするが、喧嘩がガキの中で多少強いくらいでボス猿みたいにふんぞり返っている奴なんか嫌な奴に決まってるだろ。

 

「私はこれでも腕に自信があるのだ。小さい頃から武術を学んできたからな。弱肉強食の自然界で生きてきた獣人から見て、私は強者か弱者か判断してほしい」


「なるほど……」


 なんかやばい奴じゃんこいつ。

 まあ自分の武術の腕がどのくらいなのかなとか、知りたい気持ちはわかる。

 というか私が知りたいくらいだ。

 私の槍術と細剣術はどのくらいの腕になったんだろうな。

 本を読んで独学で武術を学んできた私は実力を測る基準なんて持ち合わせていない。

 だから武術の腕を判断することはできないが、ポニテ女が聞いているのは自然界で生きていく総合力だと思うんだよな。

 魔力や霊力の強さなら私でも判断可能か。

 ポニテ女はなかなかの魔力と霊力をしている。

 武術の腕はたぶんそこそこ強い。

 総合的に判断して、そこそこ強いという答えになる。

 私は素直にそう伝えた。

 しかしポニテ女の反応は鈍い。


「そこそこだと?」


 ポニテ女は眉間に深いシワを寄せてこちらを睨んでくる。

 そこそこじゃだめなのかよ。

 面倒な女だな。

 めっちゃ強いです憧れちゃいますとでも言っておけばよかったんだろうか。

 そんな強さに自信あるなら人に聞くなよな。

 

「貴殿は私の剣をよく知らないだろう。直接私の剣をその目で見て判断してくれないか」


「手合わせしたいってこと?」


「そうだ」


 また面倒なことを言い出したなこいつ。

 そんなことをして私になんの得があるんだ。

 もし私が強い者を尊ぶという本物の獣人だったとしてもこんな街道の休憩所で早朝から手合わせしてください、いいとも!とはならんだろ。

 誰かこの非常識な子を引き取っていってくださいと周りを見回しても、早朝だから誰も起きてない。

 こいつらがお世話になっているという商会の関係者がいたら頼むから目を離さないでくれよと言いたい。

 

「正直言って迷惑なんだけど」


「なんだ、私に負けるのが怖いのか?」


 腹立つわこいつホント。

 自分勝手で人の都合を何も考えない奴だ。

 面倒だけど逆に考えれば私の武術の腕がどのくらいのものなのか試すいい機会かもしれないな。

 目標はこのでかぱい女のケツを思い切り蹴ることだ。

 私は立ち上がってポニテ女と手合わせをすることにした。






「受け取れ」


 ポニテ女が投げてよこしたのは剣道などの鍛錬で使う木刀だった。

 鉄芯入りなのかずっしりと重たい。

 日本刀と同じような重さにしてあるのだろうか。

 向こうの使い慣れた道具でやるのは少しズルいと思うが、面倒なので言わない。

 というか私はずっと槍を持っていたと思うのだが、槍使いだとは思わなかったのか。

 まあ剣も使えるからいいんだけど。

 日本刀は両手で握る剣なのでその重さに似せてある木刀を片手剣術で使うのは普通ならば無理がある。

 しかし強化された私の身体能力ならば可能だ。

 間合いも、何度か素振りをするうちに慣れてきた。

 両手剣ってのも結構面白いものだ。

 

「どちらかが降参するまででいいな。多少の怪我はポーションで治る。寸止めじゃなくてもいいな」


「いいよ」


「では、参る!はぁ!!」


 ポニテ女は試合開始を告げると同時に、上段に構えた木刀を裂ぱくの気合と共に思いきり振り下ろしてくる。

 いきなり上段とか、示現流かよ。

 どこまでも猪突猛進な剣筋だ。

 あと大声はやめろ。

 今は早朝なのだ。

 朝日が昇り始めて明るくはなってきているものの、まだ寝ている人も多いというのに。

 私は無言で身体を横に向けることで振り下ろしを避けた。

 重心が入りすぎてないのでおそらく切り返しの攻撃が来る。

 読みどおり居合術のツバメ返しのような技が私のアゴを狙って放たれたので一歩引いてそれも避け、短く持った木刀でポニテ女の木刀を強く叩く。

 ポニテ女は木刀を手放してしまわないように踏ん張った結果、上体が横にながれて私に半身を晒した状態になる。

 私は素早くターンを決めると、遠心力の乗った回し蹴りでポニテ女のケツを蹴り飛ばした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る