70.剥ぎ取り

 魔王城のある自然豊かな森の湖畔は、むせ返るほどの血の匂いに包まれた地獄絵図と化していた。

 視認できないほどの速度で敵の首を圧し折るユキトに殺された兵士たちは血が出ていないので綺麗だ。

 仕事人だな。

 私の槍で死んだ兵士の死体はオーバーキルで脳漿がぶちまけられていたり首から上が吹き飛んでいたりする。

 一撃で死なずに長く苦しんだ奴も多い。

 私の槍術はまだまだだな。

 ただのフィジカル頼りのごり押しに近い。

 返り血も酷く、血しぶきを何度も浴びたのでもはや全身が赤黒く変色していた。

 とりあえず顔だけはバスタオルで拭ったが、髪から肉片混じりの血が滴ってきて気持ち悪い。

 マジックバッグから野営用の片手鍋を取り出し、湖の水を掬って頭からかぶった。

 雪が溶けたばかりのこの時期の水は痛いくらいに冷たい。

 冷たさを我慢してバシャバシャと全身を洗い、水気を軽く拭う。

 ずぶ濡れになったけど血まみれよりはまだマシな気分だ。

 かなり寒いが、小周天ができるようになってから風邪をひいたことがないので大丈夫だろう。

 このまま風呂でも入って昼寝でもしたいところだが、これからまだ死体の処理がある。

 こんな大量の死体を放っておいては衛生的によくないし、野生動物や魔物も集まってくるだろう。

 めんどうだが全て燃やしてしまわなければならない。

 鎧とか武器、お金や貴金属なんかは剥ぎ取らせてもらうか。

 鎧も武器もそんなに良い物じゃないけど、錬金術の素材として使うことくらいならできるはずだ。

 製鉄技術が発達したひろしの世界と違ってこの世界では鉄はまだ大量の燃料を使って作る高級品だからな。

 まずは一番お金とかを持っていそうな領主からだ。

 金ぴかの鎧がオリハルコンじゃなかったのは残念だが、金だったらお金になる。

 目を見開いて死んでいる領主の鎧の留め金を外して脱がせてみると、意外と軽い。

 金ではなさそうだな。

 まあこんなところまでじゃがいも奪いに来るくらいだからそんなに裕福ではないか。

 だが真鍮や黄鉄鉱だったとしても全身鎧なら結構な量の銅や鉄が取れるはずだ。

 私は鎧の表面を軽く拳で叩いてみる。

 ゴツンと軽い音がして表面がへこんだ。

 あん?なんだこれ。

 叩けば叩くほどベッコベコになる驚くほど強度の低い鎧だ。

 まだ兵士の着ている揃いの皮鎧の方が防御能力が高いんじゃないか。

 最初に弾丸が貫通した肩の部分をよく見てみると、表面の金属が剥がれて中から木のような素材が見えていた。

 金属板をナイフでガリガリと削ってみると、表面の金色が剥がれて下から鈍色の金属が現れた。

 ハリボテのうえメッキかよ。

 どうやらこの鎧はほぼ木製で、表面に薄い金属板を貼り付けその上から金メッキを施したもののようだ。

 この国の貴族の鎧がみんなこうなのか、それとも金が無いからメッキにしたのかはわからないが、これでは大した量の金属はとれそうにない。

 金メッキとか無駄に技術力のありそうな工作をするならもっと防御力を上げとけよ。

 この世界にひろしの世界のような冶金技術的な金メッキ技法があるとは思えないので、おそらく錬金術か生産系のスキル持ちによる作品だろうな。

 素材はケチるくせに見栄だけはいっちょ前の客なんて職人は嫌いだろうな。

 権力でごり押して作らせたのだろうか。

 可哀そうに。

 他に何か持ってないかと探ると財布があったが中には銀貨が数枚だけ。

 金目のものをあまり持ってない。

 貴族といっても男爵ってこんな感じなのか。

 腰に差していた剣だけは古いが結構いい品だった。

 家紋が付いていたのでおそらく先祖伝来の家宝のようなものなのだろう。

 貴族が爵位を貰うときに王の前に傅いて肩を剣でトントンされるやつがあるが、あれで王様からもらった剣かもしれない。

 持っていても普通には換金できなさそうだな。

 これも錬金術の素材にしてしまおう。

 次に金を持っていそうなのは指揮官風の男か。

 こいつは領主のように全身を覆うタイプの金属鎧じゃないけど、胴体だけを全て金属で覆うような鎧を着ている。

 ハーフプレートっていうんだったかな。

 ゴンゴンと拳で叩くとしっかり中まで金属でできていることがわかる。

 普通に領主よりも防御力高い。

 やっぱり領主の鎧は普通じゃないんだな。

 金ぴか鎧着たいけど金が無いからああしたのか、はたまた重すぎて普通の全身鎧を着て動くことができなかったのかは謎だ。

 指揮官風の男は鎧を脱がせると下に鎖帷子を着ていた。

 結構ちゃんとした装備だな。

 領主のゴロツキ仲間だった奴が軍に入って指揮官になれるかと言われるとなれない気がするので、こいつだけは前から軍にいた奴なのかもしれない。

 槍も剣も、業物とまではいかないまでもちゃんとした鋼を使って作られた逸品だった。

 これには家紋とかも入っていなかったので自分で使ってもいいし、街に行ったときに売りはらってもいいな。

 財布の中はやはり領主同様銀貨数枚だが、ありがたく頂戴しておく。

 お金はいくらあってもいい。

 ガチャボックスやマジックバッグに入れておけば邪魔になることもないし、腐るものでもないから魔王城に置いておいてもいい。

 平の兵士は銅貨くらいしか持ってないかもしれないが、せっせと集めるとしよう。


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