71.旅立ち

「魔女様……」


「村長、全員無事だった?」


「はい。こちらは大丈夫です。しかしこれは……」


 村人たちを連れて戻って来た村長連中は積み上げられた兵士たちの死体を前に顔を真っ青にしている。

 私のことを怖がっている感じは無いのでおそらくこんな大それたことをしてこれからどうするのかという不安からだろう。

 まあやってしまったものはしょうがないよ。

 とりあえずこの国にはいられない。

 領主軍はきっちり全員殺したので私がやったことはバレないかもしれないが、村人たちという目撃者がいる。

 じゃがいもでもサービスすればある程度は黙っていてくれるだろうが、村人たちは権力に逆らうことができないので新たな領主や国の偉い人に命令されたらしゃべってしまう人もいるだろう。

 それを責めることはできないし、だからといって口封じに村人たちも全員殺すわけにもいかない。

 それではただの殺人鬼だ。

 そうまでしてこの国での活動にこだわる必要性も感じない。

 私は市民権も持たない孤児で、正式なこの国の住人ではないし、この国に縛られる必要もない。

 故郷だとかいうセンチメンタルな拘りも持っていない。

 もともと社会からつま弾きにされた存在だからなのか、帰属意識がないのだ。


「明日、この国を出て行こうと思う。じゃがいもと魔石の交換を急いでほしい」


「そうですか……」


 村長連中は皆一様に顔を伏せる。

 一応恩とか感じてくれているのだろうか。

 私は魔女じゃないけど、村人たちは魔女を信仰してたみたいだしな。

 さすがに本物だと思ってる人はいないかもしれないけど、現実的に考えてもじゃがいもの取引が来年以降はできなくなるということだもんな。

 もし次の領主も横暴な奴だったら、また食糧難になって村人たちは飢えるかもしれない。

 次はそれを自分たちの力で乗り越えなければならないのだ。

 まあ次は自分たちで育てたじゃがいもがあるだろうし、頑張ればなんとかなるだろ。

 領主に隠してあちこちで育ててくれ。

 いずれほとぼりが冷めた頃にこの国を訪れたら、じゃがいも料理が色々開発されていたら面白いな。

 





 領主と兵士たちの遺体は村人たちに手伝ってもらって盛大に焼いて弔った。

 恐怖や恨みなどの強い負の感情を抱いたまま死んだ人の遺体は、ゾンビやグール、スケルトンやレイスなどのアンデッドになってしまう可能性があると村長の一人が言っていた。

 だからこちらの世界ではどの宗教も弔いには火葬をするらしい。

 死なば皆仏の精神で私も手を合わせて供養した。

 私のことを恨んでもいいけど、頼むから化けて出るのはやめてくれ。

 ナンマンダブ。


「それじゃ、いこっか」


 私がそう呼びかけると、ユキトが背中に張り付く。

 この国を出て行くにあたって、ユキトともよく話をした。

 ユキトはもともと野生の兎だ。

 生まれ故郷はどこか知らないけれど、私と出会うまでこの森で生きてきた。

 森を出て行くことになるけれど、それでも付いてきてくれるかと。

 もちのろんとばかりにユキトは私についてきてくれると言ってくれたのだ。

 こんなに嬉しいことはない。

 白くてモフモフのこの相棒と一緒なら、どこでだってやっていけると思うのだ。

 魔王城だってあるしガチャもあるから実際どこでだって生きていくことは可能だろう。

 村人たちが持ってきた魔石によって魔王城は3階建てとなったし、庭に噴水もできた。

 やっぱり噴水はいらなかった気がするが、テンションが上がってつい無駄遣いしてしまった。

 じゃがいも交易は結構よかったな。

 落ち着いて魔王城を設置できる場所を見つけたらまたやろう。

 私はガチャボックスから空のカプセルを取り出し、パカリと開いた。

 元々魔王城が収まっていた虹色のカプセルはユキトの宝物入れになってしまったので適当な空きカプセルだ。

 虹色はなんかスペシャルな力がありそうなカプセルだが、実際はどの色のカプセルでも収納力は変わらないし虹色カプセルだけの特別な効果も無い。

 収納と念じると3階建ての魔王城はシュルシュルと手のひらサイズのカプセルに吸い込まれていった。

 拡張しまくって広大になってしまった畑も、庭の噴水も、すべてが無くなっている。

 もし畑や噴水だけ取り残されたらどうしようかと思っていたが、結界の内部はすべて魔王城と認識されるようだった。

 あとに残ったのは何も無いだだっ広い荒野だ。

 なんだか物寂しい気分になってくる。

 思えばこんな何もない場所で私は3年ほどの月日を過ごしたんだな。

 よく3年もこんな場所にいられたな。

 ガチャスキルが無かったら絶対に無理だった。

 最初のガチャで運よく魔王城が出てなくても無理だっただろう。

 衣食住がなんとかなったからこそ、こんな買い物もできない森の奥地で過ごすことができたのだ。

 私の場合は娯楽もかな。

 暇というのは意外と苦痛になる。

 もしもガチャから暇つぶしアイテムが出てなかったら、私は刺激を求めてもっと早くに人里を目指していたかもしれない。

 私が引きこもりになったのはひろしの国の娯楽が悪いのだ。

 今回は不可抗力的に引きこもり生活が強制終了したわけだが、そろそろ頃合いでもあった。

 この3年で私も最低限自分の身を守ることのできるだけの力を身に着けることができたと思う。

 今こそ人間社会に出戻り、新社会人になるのだ。


 

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