59.子供の声
雪が完全に溶け、小春日和が多くなった今日この頃。
ついにユキトは大きなオークキングの死体を庭先に転がした。
「ついにオークキングも四王になっちゃったか」
なんか語呂が悪いので四皇とかにしたらどうかな。
怒られるかもしれないのでやめておこう。
自身も怪我を負ったのかユキトは白い毛皮に赤い色を滲ませていたけれど、何かをやり遂げた男の顔をしていた。
ドヤ顔可愛い。
傷が痛々しいので先日手に入れたソーマというお薬を試してみる。
味は完全にお酒なのだけれど、その実どのような傷や病であっても完全に癒すという凄い霊薬らしい。
夜のうちにビールの空き瓶に溜めておいたソーマをお猪口に1杯注ぎ、ユキトの口に流し込む。
ユキトは嫌そうな顔をしたものの、薬だと言うと苦虫を噛み潰すように飲み込んだ。
血が流れ出していた生傷はあっという間に塞がり、傷跡も残らない。
さすがに毛がすぐに生えてくるわけではないので小さなハゲのようになっているが、それもそのうち元通りの綺麗な毛並みに戻ることだろう。
ゴブリンやオークを使って何度か実験もしたが、ソーマは切り落とされた腕や抉り出された目玉でさえ再生する力を持っている。
それどころか身体中を切り刻んですでに息が無かった死体ですら息を吹き返し、傷一つない姿となるまで回復した。
無制限に死者を生き返らせることができるわけではなく、死んでから1時間以内くらいの死体はまだ蘇生可能な生者だと認識しているらしい。
さすがは神様が晩酌に飲むお酒、認識が大雑把で寛容だ。
「さて、このオークキングを何に料理して食べようか」
オークのお肉は上位種になるほど美味しくなる。
赤身が増えるわけでも脂身が増えるわけでもないのに、なぜか美味しく感じるようになるのだ。
まるで熟成することでお肉のたんぱく質が旨味成分であるアミノ酸の類に分解されていくように、上位種になるとオークはその身に旨味を蓄えるようになる。
薄切りにしてシンプルに塩コショウで焼いて食べるのもいいかもしれないな。
『#ーー$---%!』
「ん、ユキトなんか言った?」
『…………』
ユキトは首を横に振る。
当然だけどユキトがしゃべれるはずがない。
というか突然しゃべりだしたら怖いから出て行ってもらう。
でも私は今、確かに誰かの声を聴いた。
それもとても焦っていて、助けを求めているような声だ。
私は狐からもらった魔力を少しだけ開放する。
狐の魔力は使うとケモ耳とフサフサ尻尾が生えてきてしまうという副作用があるが、それもデメリットばかりではない。
毛足の長いフサフサの耳とボリューミーな尻尾はコスプレグッズなどでは到底届かないリアリティで、自分でモフモフし始めたら止まらなくなってしまうほどに手触りがいい。
尻尾や耳は結構敏感なのであまり触っているとエロい気分になってしまうので加減が必要だが、天気が悪い時などに行う室内での暇つぶしが一つ増えた。
そして肝心なのはこの耳が飾りではないということだ。
この狐耳にはその見た目に見合うだけの聴力が備わっている。
狐は狩りをする動物だ。
得物の少なくなった冬であっても、どこかに獲物はいないかと必死に探す。
雪の下でうごめく小さな動物や虫を捕食するためにある狐の聴力は動物の中でも屈指の力を持つと言われている。
この耳ならたとえ遠くで発せられた声であろうと拾うことができるだろう。
『誰か、助けて!』
『誰かって誰だよ!現実を見ろ!!』
『そもそもゴブリン程度なら大丈夫ってリオンが言ったんだろ!』
声の主は3人。
可愛らしい少女の声が1つに、声変わり前の少年のような声が2つ。
どうやら全員子供のようだ。
しかしこんな山奥に、なぜ子供がいるのだろうか。
3人を囲むようにゴブリンがわめき散らす声も聞こえる。
どうやら子供たちはゴブリンに追い立てられているようだ。
ゴブリンは本当に性格が悪いので自分たちより弱い者は徹底的に弄るからな。
ゲーム感覚で追い込み、女は犯して男を殺す。
このまま放って置いたら確実に1人の少女が犯されて、2人の少年は殺されるだろう。
「はぁ、どうしようかな」
私は子供が嫌いである。
孤児院で育つような子供の中にはクソガキというような子供も多く存在している。
平気で人の物を盗むし、暴力を振るって人を従えようとする。
あそこは人間の本質というものを考えさせられる場所なのだ。
子供は大人ほど外面を取り繕うということができないために、時としてむき出しの欲望を人にぶつけてしまうときがある。
その度に大人が否定して矯正していくことで、人は人間という社会的動物になっていくのだ。
ゆえに子供とは、社会的動物になる前の野生の状態の人のことを指す。
だから私は子供が嫌いなのだ。
できることなら関わりたくない。
「放っておくか。ゴブリンに犯される奴も殺される奴も珍しいわけじゃないし」
この森は子供が気軽に入って生きて帰れるようなところじゃない。。
どうやらあの子たちは自分で足を踏み入れたようだし自己責任だ。
親がいるなら止められなかった親が悪い。
『…………』
耳と尻尾を引っ込めてオークの解体に戻ろうとした私の足にユキトがまとわりつく。
そしてそのつぶらな瞳で何かを訴えかけてくる。
「助けたいの?あの子供たちのことを」
『…………』
ユキトは静かに頷く。
どうやらあの子供たちにはユキトが助けたいと思う何かがあるようだ。
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